がらさしのぞくと――見えました。確かに月の光りでありありと見届けられたものは、あの目印の頤の疵です。
「額の疵と、頤の疵と、珍しい対面じゃの。もう文句はあるまい。じたばたせずと、権之兵衛に手柄をさせてつかわせい」
けれども、十吉は必死でした。渾身の勇を奮って、その手をすりぬけながら、やにわとまた逃げのびようとしたので、大きくひと足退屈男の身体があとを追ったかと見えた刹那――
「馬鹿者ッ、行くつもりかッ」
裂帛《れっぱく》の叱声が夜の道に散ったと同時で、ぎらりと銀蛇《ぎんだ》が閃いたかと思われましたが、まことに胸のすく殺陣でした。すでに化け僧の五体は、つう! と長い血糸をひきながら、そこにのけぞっていたところでした。
「おッ。少し手が伸びすぎたか」
呟きながら青白い月光の隈明《くまあか》りで、細身の刀身にしみじみと、見入っていましたが、そこへ権之兵衛が駈け走って参りましたので、にんめり微笑すると、詫びる[#「詫びる」は底本では「詑びる」と誤植]かのごとくに言いました。
「許せ、許せ。生かしたままでそちの手柄にさせるつもりじゃったが、これが血を吸いたがってのう。つい手が伸びてしまった
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