「えんび」と誤植]を伸ばして、京弥の背に手を廻そうとしたのを、体を沈めて素早く腰車にかけると、もんどり打たして笑止なる化け大名をとって投げました。
 しかし、十吉とてもなかなかにさるもの、投げ出されたかと見るまに、くるり一つ廻って立ち直ると、おそろしく言葉の汚ない大名もあればあるもので、憤りながら叫びました。
「太てえ奴だッ。この女、男だぞ。俺のお株を奪やがって、何か仔細あるに違げえねえ。そらッ、野郎共、のしちまえッ」
 正体を見破られたと知ったので、権之兵衛が叫びながら駈け出しました。
「百化け十吉! もう逃がさぬぞッ」
 ばたばたと走りよったものでしたから、ぎょッとなったのは言わずと知れた十吉でした。
「そうかッ。木ッ葉役人の化け手先だったかッ。うぬらに捕まる百化けのお兄さんかい。へえい、さようなら。おとといおいでよ――」
 配下のものに女装の京弥をさえぎらしておいて、ひたひた逃げのびようとしたので、何条権之兵衛の許すべき、韋駄天《いだてん》にそのあとを追っかけました。
 とみて、ようやく退屈男も塀かげから姿を見せると、小走りにそのあとを追って参りましたが、こはそも不思議! 今、そ
前へ 次へ
全36ページ中33ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング