、もし、そこのお嬢さま」
「あい――」
 京弥が造り声色《こわいろ》をしながら、したたるばかりのしなをみせつつ艶《えん》に答えたのをきくと、供侍が提灯をさしつけてきき尋ねました。
「目なし小路へ参るのでござりまするが、どこでござりましょうな」
 ――途端! それが常套手段の一つでもあるとみえて、近づいた供侍の合図と共に、ぐるぐると他の七八名が、案の定|浚《さら》いとるべく京弥の身辺を取り巻きましたので、こちらの二人が等しく目を瞠《みは》ったとき――だが、この薄萠黄色お高僧頭巾の艶なる女が、もはや説明の要もない位に少しばかり手強《てごわ》い京弥です。六日前から、そうあるべき事を待ちあぐんでいた矢先でしたから、ひらひらと緋色《ひいろ》の裾端《すそはし》を空《くう》に散らすと、ぱたり、ぱたりと得意の揚心流当て身で、先ずその両三名をのけぞらしました。
 それと見て、手間かかってはと思ったに違いない。――駕籠の垂れを排してそこに姿を見せたものは、それも百化け中のうちにある変装の一つと見えて、巧みにつくった大名姿の十吉です。
「面倒な!」
 と言うように猿臂《えんぴ》[#ルビの「えんぴ」は底本では
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