いて、わちき[#「わちき」に傍点]の身体に傷をつけたら廓《くるわ》五町内が闇になるぞえ、という啖呵《たんか》をちょッと切ると、ひとたまりもなく蜘蛛の子のように逃げ散ってしまうのが普通ですが、どうしたことか、今宵ばかりは、不都合なことにも花魁太夫《おいらんだゆう》達に、ひとりもお茶を引いているのがいないと見えて、そのお定まりの留め女すらも現れない生憎《あいにく》さでした。
 と――、誰が言い出したものかその時群集の中から、残念そうに呟いた伝法な声がきこえました。
「畜生ッ、くやしいな! こういう時にこそ、長割下水《ながわりげすい》のお殿様が来るといいのにな」
「違げえねえ違げえねえ。いつももう、お出ましの刻限だのにな」
 誰の事かよく分らないが、この呟きで察すると、長割下水のお殿様なる者は、よッ程この五町街では異常な人気があるらしいのです。しかし騒ぎの方は、それらのざわめきが聞えるのか聞えないのか、なおしつこく四人の者がひたすらにわび入っている若衆髷をいじめつづけるのでした。
「馬鹿者ッ。詫び[#「詫び」は底本では「詑び」と誤植]たとて免《ゆる》さぬと言うたら免さぬわッ。さ! 抜けッ。抜
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