馳走をしろよ」
愛撫のこもった揶揄《やゆ》を愛妹にのこしておいて例のごとくに深々と宗十郎頭巾にその面を包みながら、やがて悠々と素足に雪駄の意気な歩みを表に運ばせて行くと、吸われるように深夜の闇へ消え去りました。
四
表は無論もう九ツすぎで、このあたり唯聞えるものは、深夜の空にびょうびょうと不気味に吠える野犬の唸り声のみでした。その深い闇の道を退屈男は影のみの男のように、足音も立てずすいすいと宮戸川べりに沿いながら行くこと七丁――。波も死んだようでしたが、そこの岸辺の一郭に、目ざした榊原大内記侯のお下屋敷を発見すると、俄然、爪先迄も鏘々《そうそう》として音を立てんばかりに、引締りました。緊張するのも無理はない。殆んど三年越し退屈しきっていたところへ、突如として今、腕力か智力か、少なくも何程か主水之介の力を必要とする事件が降って湧いたのです。無論まだ諸羽流《もろはりゅう》正眼崩《せいがんくず》しを要するか否かは計り知らない事でしたが、事の急は、それなる霧島京弥といった男の行方不明事件が、自発的のものであるか、他より誘拐されたものであるか、誘拐されたものとするなら、およ
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