こぺこ詫び[#「詫び」は底本では「詑び」と誤植]てはいるが、あの眼の配り、腰の構えは、先ず免許皆伝も奥義《おうぎ》以上の腕前かな。みていろ、今にあの若者が猛虎のように牙を出すから」
言うか言わないかの時でした。しきりと詫び[#「詫び」は底本では「詑び」と誤植]つづけているのに、対手の四人はあくまでも許そうとしなかったので、若衆はその執拗さに呆れたもののごとく、一二歩うしろへ身を引くと、やんわり片手を飾り造りの佩刀《はいとう》にかけたかと見えたが、果然、謎の宗十郎頭巾が折紙つけたごとくその態度が一変いたしました。
「けだ物共めがッ、人間の皮をかむっているなら、も少し聞き分けがあるじゃろうと存じていたが、それ程斬られて見たくば、所望通り対手になってつかわすわッ。抜けッ、抜けッ、抜いて参れッ」
裂帛《れっぱく》の美声を放って、さッと玉散る刄《やいば》を抜いて放つと、双頬《そうきょう》にほのぼのとした紅色を見せながら、颯爽《さっそう》として四人の者の方ににじりよりました。それも、今迄柔弱とばかり見えたのが、俄然一変したのですから、その冴えまさった美しさというものはない。しかも、その剣気のすばらしさ!――不意を打たれて四人はたじたじとたじろぎました。しかし、もともと売った喧嘩です。
「けだ物共とは何ごとじゃ! 抜きさえすればそれで本望、では各々、用意の通りぬかり給うな」
四十がらみの分別盛りが下知を与えると、唯の喧嘩と思いきや、意外にもすでに前から計画してでもあったかのごとくに諜し合せながら、ぎらりと刄襖《はぶすま》をつくりました。
それと見てにんめり微笑しながら、静かに呟いたものは長割下水のお殿様と言われた不審の宗十郎頭巾です。
「ほほう、あの若衆髷、揚心流《ようしんりゅう》の小太刀を嗜《たしな》んでいると見えるな。お気の毒に、あの奥義では四人の大男共、この人前でさんざ赤恥を掻かねばならぬぞ。そらそら、言ううちに怪《あや》しくなったようじゃな、みろ、みろ、左の奴が先にやられるぞ」
呟《つぶや》いたとき、果然若衆の前髪がばらばらと額先で揺れ動いたと見えたが、ひらりと蝶のように大振袖が翻った途端――言葉のごとく左翼のいち人が、長々と地に這いつくばりました。しかし床しいことに、峰打ちの血を見せない急所攻めです。それだけに怒り立ったのはあとの三人達でした。
「小僧! 味な真似をやったなッ」
雄叫《おたけ》びながらひたひたと間をちぢめて、両翼八双に陣形を立て直しつつ、爪先き迫りに迫って来ると、左右一度が同時に襲いかかりました。けれども、若衆の腕の冴えは、むしろ胸がすく程な鮮かさでした。迫る前に左右の二人は笑止なことに右と左へ、最初のひとりと同じように、急所の峰打を頂戴しながら、もろくも長々と這いつくばりました。
それと見て残った四十がらみが、うで蛸のごとく真赤になった時、どかどかと人込みを押し割って、門弟らしい者を六七人随えた、一見剣客と思われる逞しい五分月代《ごぶさかやき》が、突如そこに姿を見せると、明らかに新手の助勢であることを示しながら、叱咤《しった》するように叫びました。
「腑甲斐ねえ奴等だな! こんな稚児ッ小僧ひとりを持てあまして何とするかッ。どけどけ。仕方がねえから俺が料《りょう》ってやらあ!」
聞くと同時に、先刻からの伝法な兄哥がやにわに、長割下水の殿様と称されている不審な宗十郎頭巾に、かきすがるようにすると、けたたましく音《ね》をあげて言いました。
「いけねえいけねえ! 殿様、ありゃたしかに今やかましい道場荒しの赤谷《あかたに》伝九郎ですぜ。あの野郎が後楯《うしろだて》になっていたとすりゃ、いかな若衆でも敵《かな》うめえから、早くなんとか救い出してやっておくんなせいな」
「ほほう、あの浪人者が赤谷伝九郎か、では大人気ないが、ひと泡吹かしてやろうよ」
それを耳にすると、初めて宗十郎頭巾がちょッと色めき立って、静かに呟きすてながら、のっそり人垣の中へ割って這入ると、騒がず、若衆髷をうしろに庇ったかとみえたが、おちついた錆のある冷やかな言葉が、ゆるやかにその口から放たれました。
「くどうは言わぬ、この上人前で恥を掻かぬうちに、あっさり引揚げたらどうじゃ」
「なにッ。聞いた風な白《せりふ》を吐かしゃがって、うぬは何者だッ」
「そうか、わしが分らぬか。手数をかけさせる下郎共じゃな。では、仕方があるまい。この顔を拝ましてつかわそうよ」
静かに呟き呟き、おもむろに頭巾へ手をかけてはねのけたと見るや刹那! さッとそこに、威嚇するかのごとく浮き上がった顔のすばらしさ! くっきりと白く広い額に、ありありと刻まれていたものは、三日月形の三寸あまりの刀傷なのです。それも冴《さ》え冴えとした青月代《あおさかやき》のりりしい面に深くぐい
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