あざやかともあざやかな手の内でした。
 開いて構えたは、こぶし上段、――すいとその手が中段に下がったかと思うと、位もぴたり、一刀流か神伝流か、中段青眼に位をつけた無手の構えには、うの毛でついたほどのすきもないのです。
 見ながめながら、名人が莞爾《かんじ》と大きく笑いました。
 捕《と》るとみせて、襲ったのは、実を吐かせるための右門流だったのです。
「その手のうちだ。みごとな構えだ。どこのだれに習った何流か知らねえが、その構え、その位取り、その身のさばきぐあいなら、男のふたりや三人、切ってすてるにぞうさはねえはずだ。どうだえ、お駒、覚えがあろう、むっつり右門の責め手、たたみ吟味は、かくのとおり味がこまけえんだ。もう、知らぬ存ぜぬとはいわさねえぜ。どろを吐きな! どろを!」
「…………」
「音蔵の切り口もすぱりと一刀、今夜の火の見のあの御家人もすぱりと一刀、この仏壇の中のやつもすぱりとひと太刀《たち》、うしろと前と相違はあるが、三人ともみごとな袈裟《けさ》がけの一刀切りだ。腕のたたねえものにできるわざじゃねえ。このお位牌《いはい》もお武家筋、おまえの手の筋もお武家筋、――やまがら使いじつは武家の娘、ゆえあって世間を忍ぶかりの姿のお駒とにらんだが、違うかえ。むっつり右門は手さばきも味がこまけえが、眼《がん》のにらみも味が通ってこまけえつもりだ。これだけたたみ込んだら、もう文句はあるめえ。白状しな! 白状を!」
「…………」
「気のなげえやつだな。春さきゃ啖呵《たんか》がじきに腐るんだ。かけてえ慈悲にも、じきに薹《とう》がたつんだ。世を忍ぶもこの位牌ゆえ、人を切ったもこの位牌ゆえ、――すなおに白状しろとお位牌がにらんでおるじゃねえか。手間をとらせたら、のこのこと動きだすぜ。どうだ、お駒ッ。また六十日ほども牢《ろう》にへえりてえのか」
 ぱたり、と折ったように首がさがって、がっくりと体がくずれると、しみじみとした声が、ついにお駒の口から放たれたのです。
「さすがでござんす……。みごとなお目きき、やまがら使いのお駒もかしらがさがりました。なにもかもおっしゃるとおり、そのお位牌もお目がねどおり、槍《やり》ひと筋のものでござります。わたくしもまたおことばどおり、やまがら使いは世を忍ぶかりの姿、いかにも武士の血を引いたものでございます」
「位牌はどなただ」
「兄でござります」
「兄! そうか! お兄上か! 名剣信士とあるご戒名のぐあい、そなたの手の内のあざやかさ、武家は武家でもただの武家ではあるまい、さだめし剣の道にゆかりのあるご仁と思うが、どうだ、違うか」
「違いませぬ。流儀は貫心一刀流、国では名うての達者でござりました」
「そのお国はどこだ」
「三州、挙母《ころも》――」
「内藤様のご家中か」
「あい、やまがらの名所でござります。わずか二万石の小藩ではござりまするが、武道はいたって盛ん、兄も志をいだいてこの江戸へ参り、伊東一刀流の流れをくんだ貫心一刀流を編み出し、にしきを飾って国へ帰る途中、小田原の宿はずれで、なにものかの手にかかり、あえないご最期をとげたのでござります。わたくし国もとでその由を聞きましたのは、八年まえの二十二のおりでございました。父にも母にも先立たれ、きょうだいというはわたくしたちふたりきり、あまたござりました縁談も断わりまして、はるばるかたき討ちに旅立ったのでござります」
「そうか! かたきを持つ身でござったか。いや、そうであろう。六十日間責められて口を割らなんだ性根のすわり、かたきがあっては拷問えび責めにも屈しまい。そのかたきが音蔵か! いいや、今宵《こよい》切ったこの者たちふたりか」
「いえ、そうではござりませぬ。それならば、駒もあのように強情は張りませぬ。事の起こりは、みんな似た顔のこのふたり、憎いのも今宵切ったあのふたり、駒はだまされたのでござります。ふたりにあざむかれて、罪も恨みもない音蔵さんを切ったのでござります――と申しただけではおわかりござりますまいが、八年まえに人手にかかりました兄上は、この位牌《いはい》のぬしは、とにもかくにも一流をあみ出した者でござります。それほどの兄を切った相手は、ただの者ではあるまい。場所も小田原近く、いずれは江戸にひそんでおろうと存じまして、はるばる出府したのでござりまするが、そうやすやすとかたきのありか、かたきの名まえがわかるはずはござりませぬ。それに、わたくしは女の身、――討つには腕がいりましょう。わざもみがかずばなりますまいと捜すかたわら剣の道も学んでおるうちに、時はたつ、たくわえはなくなる。なれども、かたきは討たねばなりませぬ。お兄上のお恨み晴らさぬうちに飢え死にしてはなりませぬ、と思いまして、思案にくれたあげく」
「やまがら使いに身をおとしたと申さるるか」
「あい、
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