いものの飛沫《ひまつ》一滴見えないのです。
「さあ、いけねえ。左|甚五郎《じんごろう》の彫った竜《りゅう》は夜な夜な水を吹いたという話だが、狩野《かのう》のほうにだって、三人や五人、左甚五郎がいねえともかぎらねえんだ。ひょっとすると、こいつが血を吹く絵というやつにちげえねえですぜ。え、ちょいと、違いますかい」
「黙ってろ。うるさいやつだ。へらず口をたたくひまがあったら、こっちへ灯《ひ》を出しな」
 さっそくに横から始めかけた伝六をしかりとばして、自身も手燭をかざしながら廊下へ出ると、へやの位置、出窓、内窓、間取りのぐあい、四方八方へ目を光らせました。
 二階はこのへやと、次の間を入れてふた間きりです。そのふた間の前に、ずっと広い廊下があって、廊下の外はあまり広くない内庭でした。その庭をはさんで、脈べや、治療べや、薬べやなぞが別棟《べつむね》になっているらしく、あかりを出してすかしてみると、庭木はあるが高いのはない。ひさしもあるが、外からこのへやへ闖入《ちんにゅう》してくる足場は一つもないのです。
 当然のように、名人の静かな問いが下りました。
「はしご段は?」
「いま上がってきたのが一
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