て、しきりとせきたてているところをみると、急用も急用にちがいないが、それよりも人目にかかることを恐れている秘密の用に相違ないのです。
「人違いではあるまいな」
「ござんせぬ。だんなさまをお迎えに来たんです。どうぞ、お早く願います」
 たれをあげて促した駕籠の中をひょいとみると、何か書いた紙片が目につきました。
「くれぐれもご内密に願いあげ候《そうろう》」
 という字が見えるのです。
「よし、わかりました。――ついてこい!」
 どこのだれが、なんの用で呼びに来たのか、ところもきかず名もきかず、行く先一つきこうとしないで、すうっとたれをおろすと、さっさと急がせました。
 ききたくも鳴りたくも伝六なぞが口をさしはさむひまもないほど、駕籠がまた早いのです。

     2

 海賊橋から江戸橋を渡って、伊勢町《いせちょう》を突き当たると大伝馬町《おおでんまちょう》、そこから左へ曲がると、もう雛市《ひないち》の始まっている十軒店《じゅっけんだな》の通りでした。その突き当たりが今川橋、――渡って、土手ぞいに左へ曲がったかと思うと、まもなく駕籠はその塗町《ぬしちょう》のかどの一軒へ、ぴたりと息づえを
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