れ、ごらんなせえ。だから、いわねえこっちゃねえんだ。牛込か下谷か、どっちかの先生が待ちかねて、お迎えの駕籠をよこしたんですよ。はええところおしたくなせえまし!」
「…………?」
「なにを考えているんです。首なぞひねるところはねえんですよ。しびれをきらして、どっちかの先生がわざわざお迎えをよこしたんだ。行くなら行く、よすならよすと、はきはき決めたらいいじゃねえですかよ!」
「あの、お待ちかねですから、お早く願います……」
 せきたてるようにまた呼んだ表の声をききながら、不審そうに首をかしげて、しきりと鼻をくんくん鳴らしていたが、不意に名人がおどろくべきことをいって立ちあがりました。
「医者の駕籠だな! たしかに、煎薬《せんやく》のにおいだ。どこかで何かが何かになったかもしれねえ。ぱちくりしている暇があったら、十手でもみがいて出かけるしたくでもしろい。うるせえやつだ……」
 のぞいてみると、まさしくそのことばのとおり医者の駕籠です。それもよほど繁盛している医者とみえて、りっぱな乗用駕籠でした。
 しかし、ちょうちんはない。それがまず不審の種でした。あかりも持たずにいきなり玄関先へ駕籠をすえ
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