、とつぜん、伝六をおどろかして命じました。
「この町内か、近くの町内に、お針の師匠はねえか、洗ってきな」
「お針……? お針の師匠というと、おちくちくのあのお針ですかい」
「決まってらあ。つり針や意地っぱりに師匠があるかい。どこの町内でも、娘があるからにゃお針の師匠もひとりやふたりあるはずだ。がちゃがちゃしねえで、こっそりきき出してきな」
「…………?」
「なにをぼんやりひねっているんだよ。おひねりだんごじゃあるめえし、まごまごしていりゃ夜がふけるじゃねえか」
「あんまり人を小バカにしなさんな。ひねりたくてひねっているんじゃねえですよ。裏を返して軸物を掛けてみたかと思や、ひとりひとり呼びあげて、ろくでもねえことをきいて、町内にお針の師匠がおったら何がどうしたというんです。ひねってわるけりゃ、もっと人情のあることをいやいいんですよ」
「しようのねえ男だな。これしきのことがわからなくてどうするかい。くれぐれもご内密にと、三庵《さんあん》先生が拝むように頼んでおるじゃねえか。だからこそ、血の一件を知らすまいと思って、わざわざ裏返しに掛けさせたんだ。裏は返しておいても、あの家の者の中にいたずら
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