ありませぬ。あとはおうちのおふたりだ。すぐに来るよう申してもらいましょう」
 同じように首をかしげながら降りていったのと入れ違いに、ものやわらかなきぬずれの音が近づきました。
 妻女と娘のふたりです。母は五十くらい、あたりまえな顔だが、しかし、娘はうって変わって、寒くなるような美人でした。手、指、つめ、どこからどこまでがほっそりとしていて、青く白く、血のない女ではないかと思えるほどに、しんしんと透きとおっているのです。そのうえに震えが見える。美しい顔が、足が、かすかに波をうっているのです。
「お名まえは?」
「千萩《ちはぎ》と申します……」
「ほほう、千萩さんといいますか。いまにも散りそうな名でござりまするな」
 上から下へ、右から左へ、娘の顔とふた親の顔とを、じろり、じろりと見比べていたが、なにを見てとったか、ふいと立ち上がると、さっさと帰りじたくを始めました。
「ぞうさはござりますまい。なんとか目鼻がつきましょう。だれにもいっさい他言せぬようお気をつけなさいませよ。いいですかい。お忘れなすっちゃいけませんぞ」
 特に念を押しておくと、早いものです。すうと出ていったかと思うと、しかし
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