うでしたが、このかたはいったい、どういう掛かり合いのおかたなんです」
「…………」
「え? お嬢さま!」
「…………」
「じれったいね、むっつりの右門といわれるあっしが耳に入れて、このとおりにょろにょろとはい出してきたんです。櫃の中の大将に比べりゃかま首もみじけえし、からだもみじけえが、目はもっと光っているんだ。手間を取らせねえほうがおためですぜ。え? お嬢さん! はきはきいったらどんなものでござんす」
たたみかけたことばに、千萩はわなわなと身を震わせていたが、とつぜん、おもてを伏せると、しみ入るような声をあげて、すすり泣きだしました。
聞いていて、右門ということに気がついたとみえるのです。横から不審な若い男が割ってはいると、これさいわいというように口をはさみました。
「わたくしが申しましょう。あなたさまなら大事ござりますまい。そのかわり、くれぐれもご内密に頼みますぞ」
「そなた何もかもご存じか」
「知っている段ではござりませぬ。その女は、千萩は、なにを隠しましょう。このわたくしの妻たるべき女でござります」
「おいいなずけか!」
「そうでござります。どういうお詮議《せんぎ》で塗町の父のほうへ参られましたか知りませぬが、てまえはあの岡三庵《おかさんあん》のせがれでござります。血を分け合った一粒種の三之助《さんのすけ》と申すものでござります」
「なに、ご子息!――なるほど、そうか。道理で、さきほど家族しらべをしたおり、ほかに子はない、この娘ひとりきりじゃと、しどろもどろにいった様子がちとおかしいとにらんでおったが、やっぱり隠し子がありましたな。血を分けた実のせがれが家を出て、いいなずけの女が娘同様家におるとは、なんぞ深い子細がござろう。それが聞きたい。どうしてまた、そなたは家を出ておるのじゃ。夜遊びでも高じて、勘当でもされましたか」
「めっそうもござりませぬ。それもこれもみんな、もとはといえば、千萩のこの気味のわるい病気ゆえでござります。こうなりますればもう、千萩の素姓も申しましょうが、この女は、わたくしの父三庵が、書生のうちからかわいがられて、今のような医業を授けていただいたたいせつな先生の、お師匠さまの忘れ形見なのでござります。年をとってからこの千萩をもうけて、まだ成人もせぬうちにご他界なさいましたゆえ、父の三庵が子ども同様にして引きとり、わたくしともいいなずけの約束を取りかわし、四年まえまで一つ家に育ってきたのでござりまするが、なんの因果か、千萩めがちいさいうちから、こんなものを、こんな気味のわるい長虫をかわいがって、昼も夜もそばを離さないのでござります。それゆえ――」
「そなたがきらって家出をしたと申されるか」
「一口に申さばそうなんでござります。一匹や二匹ではござりませぬ。多いときは七匹も八匹も飼って、死ねばとっかえとっかえ、またどこからか手に入れて、あげくのはてには、夜一つふとんへ抱いて寝るような始末でござりましたゆえ、ほかの生き物とはちがうのじゃ、人のきらう長虫なのじゃ、いいかげんにおやめなされと、口のすっぱくなるほどいさめたのでござりまするが、どうあっても聞き入れないのでござります。父からしかってもらいましょうと、父に申したところ、その父がまたいっこうにわたくしの味方となってくれないのでござります。たわけを申すな、だれのお嬢さまと思っておるのじゃ、わしにとってはかけ替えのないご恩人の娘じゃ、先生の娘じゃ、お師匠さまの忘れ形見じゃ、わしが一人まえの医者になれたのも、みんな千萩どののおとうさまのたまものじゃ、恩人の娘に意見ができるか、バカ者、ほかの男を抱いて寝るとでもいうなら格別、長虫をかわいがるくらい、がまんができなくてどうなるのじゃ、おまえがいやなら、たって添いとげてもらわなくともいい、ほかから養子を迎えて千萩に跡目を継がせるから、気に入らずばどこへでも出ていけと、実の子のわたくしをかえってしかりつける始末なのでござります。くやしいのをこらえて、三度、五度と千萩にも頼み、父にも頼みましたが、いっこうにわたくしのいうことなぞ取りあげてくれませぬゆえ、ええままよ、恩じゃ、義理じゃ、先生の娘じゃと、他人の子をわがままいっぱいに育てて、実の子をそでにするような親なら、かってにしろとばかり、家を飛び出し、こっそりと長崎《ながさき》へくだって、きょうが日までの丸四年、死に身になって医業を励み、どうにかこうにか一人まえの医者となって、つい十日ほどまえにこっそりまた江戸に帰ってまいったのでござります。帰ってきて、それとなく千萩の様子を見ますると、このとおりだんだんと年ごろになってはいるし、四年まえとはうって変わって、どことのう――」
「美しくなっていたゆえ、また未練が出てきたというのじゃな」
「お恥ずかしゅうござります。未練と
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