ぱら手数のかかる男が、すでにもう足なぞをこまかく震わせて、うしろにまつわりついているのです。
「茶にも裏千家というものがあるんだ。おいらも裏右門流で出かけるかね。声を出すなよ。いいかい。こういうふうに回って、こういうふうに来るんだ。ついてきな……」
 そこのへいつづきの境から横へ回って、くぐりをあけると、忍びやかに裏庭へ押し入りました。
 さすがに弓道師範の住まいです。広くとった庭にはけいこ弓の矢場がずっと奥までつづいて、そのこちらに車井戸、井戸にとなって物干し場、――ひょいと目を向けると、小春日のあたたかい日ざしを浴びてひらひらと舞っている幾枚かの干し物が見えました。
 じつに目が早いのです。
「へへえ、弓の大将、やもめだな」
「バカいいなさんな。やもめといやひとり者にきまってるんだ。やもめににおいがあるじゃあるめえし、見もしねえうちから、人のうちのことがわかってたまりますかよ」
「ところが、おいらの鼻は、においのねえそのやもめのにおいまでがわかるから、おっかねえじゃねえかよ。そこにひらひらやっている干し物を、ようみろい、けいこ着、下じゅばん、どれもこれも男物ばかりで、女物はなにひと
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