「なにを震えているんだ。急にそんなにまっさおにならんでもいい。書けといったら、早く名を書け」
「か、か、書きます。書けとおっしゃれば書きますが、名と申しますと……?」
「あんたの名まえさ。それから、生まれたところ、いつ当家へ奉公に来たか、それまではどこで何をしていたか。詳しく書きな」
「…………」
「なぜ書かねえんだよ! 八丁堀のむっつり右門がいいつけだ。書けといったら、早く書きな」
 じろりと鋭くにらみすえた名人の目を、恐れさけるようにしながらそこへすわると、震えふるえ筆をとりあげました。

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「わたくし、名はしげ代と申します。
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生まれは、越後新発田《えちごしばた》でござります。こちらさまへご奉公に上がったのは、きのうやきょうではありませぬ。わたくし、十三歳のときからでございます。と申しましたらご不審でござりましょうが、当家、ご主人松坂甚吾様はご養子でござりまして、奥さまおこよ様のご父君松坂|兵衛《ひょうえ》様とおっしゃるおかたが、国もと新発田の溝口《みぞぐち》藩に、やはりご祐筆《ゆうひつ》として長
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