歩かもしれねえが、歩だってけっこう王手はできるんですよ。りっぱな王手がねえ。え? だんな! 聞かねえんですかよ!」
やかましくいうのを聞き流しながら、なにか手がかりはないかと、机の上の書き置きをいま一度見しらべました。
しかし、書き手はまさしく女、手跡もまたみごとな文字というだけで、なにも手づるとなるものはないのです。机のまわり、床の間、違いだな、残らず見まわしたが、その違いだなにそれを使って書いたらしい半紙とすずりがあるきりで、なにひとつ不審と思われる品はないのでした。
「あやまったね。しかたがねえや。おまえさん歩《ふ》をお持ちだというから、代わって王手をしてもらうかね……」
つぶやきながら、じろりじろりと、なお丹念にあちらこちらを見ていたが、ふとそのとき気がつくと、いまだにうち震えながらへやのすみにたたずんでいた女中の右手の指先に、墨がついているのです。腕の腹にも、着物のたもとにも、まさしく墨のしみが見えるのです。
不意でした。
何思ったか、とつぜん、にやりと笑いながら違いだなの上のすずりと紙を持ち出すと、不思議なことを女中に命じました。
「これへ名を書け」
「…………」
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