らくお仕えでござりましたゆえ、わたくしも字のおけいこかたがたご奉公に上がっていたのでござりまするが、おととし、ご先代兵衛様おなくなりあそばすといっしょに、どうしたことやらご養子の甚吾様が、ご自分から国もと溝口藩をご浪人あそばされましてこの江戸へ参り、去年夏より、当加賀家へやはりご祐筆としてお仕官なさることになりましたゆえ、わたくしも国もとから呼び寄せられまして、またまたご奉公することになったのでござります。
うそ偽りはありませぬ。何かわたくしめをお疑いのご様子でござりまするが、わたくしの身になにひとつうしろ暗いことはござりませぬ。これでお許しくださればしあわせにござります」
[#ここで字下げ終わり]
 素姓の意外はとにかくとして、すらすらと書き流した字のうまさ。じつにみごとです。
 じろりじろりと目を光らしながら、いま書いたその文字と、書き置きの字とを見比べていましたが、ふふんというように白く笑うと、やんわりあびせました。
「争われないものさ。似ているね」
「な、なにがでござります」
「同じ人間が書いたものは、どうごまかそうとしたって似ているということよ。いま書いた字と、書き置きの字と
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