ら、その女もまたこの始末でした。しかも、書き置きを信ずるならば、すでにもうこの世の人ではなくなっているのです。
名人は、黙々とあごをなでなで、じいっと考え込みました。
手のつけどころがない、かかりどころがない。まるで糸口がないのです。手づるの端もないのです。しかも、残っている事実は、ことごとくが疑問、ことごとくがなぞばかりなのでした。
考えようによっては、同役だというあの矢を受けた若侍が、松坂甚吾を雪で焼いた下手人とも考えられるのです。下手人なればこそ、あんなに目いろを変えて、力こぶを入れたとも思われるのでした。
しかし、それにしては矢を射かけられたのが不思議です。矢でねらわれたという事実だけを中心にして考えていくと、生かしておいてはならぬために、口を割られてはふつごうなために、思いもよらぬほんとうの下手人が、事のあばかれぬさきに、いちはやく鐘楼の上から、射止めたとも考えられるのです。射とめたその下手人はだれであるか、疑っていったら、死を急いだ妻女のおこよとも思われるのでした。ことに、紙片に見える罪ほろぼしうんぬんという文字が疑わしいのです。夫を恥ずかしめ候ことそらおそろしく、
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