ましくいったのを、がんと一発みごとでした。
「いちいちと世話のやけるやつだ。むっつり右門がむだ石を打つかよ。これが桂馬《けいま》がかりのからめ手詮議、おいらが十八番のさし手じゃねえか。考えてみろい。おこよどのとかいうご新造がいたというのに雲がくれしたんだ。しめたと思って捜していたら、ぷつりと天から矢が降ってきたんじゃねえかよ。字もうめえが、ねらい矢も人にひけをとらねえとんだ巴板額《ともえはんがく》もいねえとはかぎらねえんだ。右が臭いと思わば左を洗うべし――むっつり右門きわめつきの奥の手だよ」
「ちげえねえ。うれしいことになりゃがったね。事がそうおいでなさると、伝六屋の鳴り方も音いろが違ってくるんだ。蟹穴《かにあな》、狸穴《まみあな》、狐穴《きつねあな》、穴さがしとくるとあっしがまた自慢なんだからね。ぱんぱんとたちまちかぎつけてめえりますから、お待ちなさいよ……」
 いったかと思うと、伝六自慢の一つ芸、能書きにうそはない。またたくひまに、あの奥祐筆《おくゆうひつ》松坂|甚吾《じんご》のお小屋を見つけたとみえて、左並びの三軒めの前から、しきりと手を振りました。
「おりそうか」
「いるんですよ。年もちょうど二十三、四、まさにまさしくべっぴんの女ですよ。ほらほら、あの障子に写っている影がそうです」
 なるほど、玄関わきから小庭をすかしてみると、日あたりの縁側の障子に、なまめいた女の影法師が見えるのです。
 しかし、それにしては屋のうちの静まりすぎているのが少し変でした。とにもかくにも、この家のあるじが変死を遂げたというのに、声一つ、話し声一つきこえないばかりか、人の足音、物の音もひっそり絶えて、さながらに死人の家のようでした。
「少々おかしいな。こいつ、ちっと難物かもしれねえぞ……」
 庭先からはいっていくと、静かに上がって、するすると音もなく障子をあけました。
 同時です。たたずんでいた影法師が、ぎょっとなってふり返りました。
 しかも、その顔、その色、――血のけは一つもないのです。まるで死人のように青いのです。ばかりか、全身に恐怖のいろを現わしながら、ぶるぶると震えているのです。
 じろり、じろりと、しばらく女の姿を見ながめていましたが、意外な眼です、ずばりと思いもよらぬ声が、名人の口から放たれました。
「そなた、女中だな!」
「…………」
「返事をせい! 返事を! 口はないのか!」
 だが、黙ってぶるぶると震えているばかりでした。
「唖《おし》か!」
「…………」
「唖かといってきいているんだ。耳が遠いのか!」
 いいえ、というように首をふると、不思議です。恐ろしいものをでも教えるように、黙って女がそこの小机の上を指さしました。
 歩みよってのぞいてみると、なぞのように紙片が一枚ぽつねんとのせてあるのです。
 しかも、それには容易ならぬ文字が見えました。
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「いまさらとやかく愚痴は申すまじく候《そうろう》。夫を恥ずかしめ候罪、思えばそらおそろしく、おわびのいたしようもこれなく候あいだ、せめてもの罪ほろぼしに、わたくしことも今より夫のおあとを追いまいらすべくそろ。万事はあの世へ参り、なき甚吾様にじきじきおわびいたすべく候まま、このうえわが罪の折檻《せっかん》は無用にござ候。あとあとのことはよろしく。取り急ぎ候ため、乱筆の儀はおんゆるしくだされたく候。――こよ」
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 あて名はない。
 しかし、まさしく遺書です。
 わたくしことも今より夫のおあとを追いまいらすべく候としてあるのです。万事はあの世へ参り、じきじきにおわびいたすべく候ともしてあるのです。そのうえ、わが罪の折檻は無用にござ候という文字さえ見えました。
 どう考えても、妻女のおこよが、なんの罪か自分の罪を恐れ恥じて、みずからいのちをちぢめた書き置きとしか思えぬ紙片なのです。
「なるほど、そうか」
 ふりかえると、いまだに青ざめながらうち震えている女中に問いかけました。
「そなた、この書き置きにおどろいて、ものもいえなかったんだな。え? そうだろう。違うかい」
「そ、そ、そうでござります……」
「これを見ると、もうとうに死んでおるはずじゃが、この家のどこかに死体があるか」
「いいえ、うちには影も形も見えませぬ。この書き置きを残して、どこかへ家出なさいましたゆえ、びっくりしていたところなのでござります」
「そうか。死出の旅に家出したというか、出かけたはいつごろだ」
「ほんのいましがたでござります」
「出かけるところを見ておったか」
「いいえ、それが不思議でござります。こんなことになりましたら、もう申しあげてもさしつかえないでありましょうが、うちのだんなさまが、あの表で気味のわるい死に方をなさいましたゆえ、びっくりいたしまして、わたくし
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