たいせつなお詮議ものを度忘れしていたじゃねえか。しっかりしろい」
「ち、ち、ちげえねえ。――急ぎだよ! 駕籠屋《かごや》! 待っておれといったのに、どこをのそのそほつき歩いているんだ。牢屋へ行きな! 牢屋へ!」
 ひゅう、ひゅうと風がうなってすぎて、駕籠もうなるような早さでした。
 しかし、行きつくと同時に、右門の足はぴたりとくぎづけになりました。
 はいろうとしたお牢屋同心の詰め所の中から、ぴしり、ぴしりとむちの音が聞こえるのです。
 痛み責めの音にちがいない……。
 敬四郎、得意の責め手なのでした。さては? ――と思って、のぞいた目に映ったのは、意外です。
 責めているのは、あの源内でした。打たれているのは、お牢屋づとめの番人らしい若い小者なのでした。
「なにをお責めじゃ」
「おう、おかえりか。太いやつじゃ。こいつが、こいつめがあのドスを――」
「差し入れたといわるるか!」
「そうなのじゃ。人手にまかして源内ばかり高見の見物もなるまいと、ドスの差し入れ人をしらべたところ、ようやくこやつのしわざだということだけはわかったが、なんとしてもその頼み手を白状せぬゆえ、責めておるのじゃ。――
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