みなくらい穏やかにやんわりとまずくぎを刺しました。
「さっき妙なことをいったな。不審なところがあったらお白州へでもご番所へでも参りますといったけえが、忘れやしめえな、新助」
「な、な、なんでござんす!」
「急に目いろを変えるな! その不審があってしょっぴいたんだ。娘からさきにとっちめてやろう。竹! 前へ出い!」
「…………」
「なにを青くなって震えているんだ。あいきょうが元手でござんす、こういう招きねこがおるんでござんすと、親バカの新助が自慢したおまえじゃねえか。度胸があったら、このおいらの前でもういっぺんあいきょうをふりまいてみなよ」
「いいえ、そんなことは、そ、そ、そんなことは」
「時と場合、出したくてもこの恐ろしい証拠を見せつけられては、肝がちぢんで出ねえというのか! ――そうだろう。ようみろい、この証拠を!」
「な、な、なんの証拠でござんす。証拠とはどれでござんす」
「このドスだ」
「えッ……!」
「それから、この牢番の青っぽうだ。みんなべらべらと口を割ったぜ。こいつを左ぎっちょの梅五郎さんにこっそりと届けてくださいまし、そうしたらなんでもききます、今晩でもおいでくださいましと、とんでもねえ両替仕込みの安いあいきょうをふりまいて、おまえから色仕掛けに頼み込まれたとな、残らずしゃべったよ。どうだい、ずうんと背筋が寒くなりゃしねえか」
「バ、バ、バカな! たいせつな娘に、なにをおっしゃいます! バカな!」
問い落とされたら大事と思ったか、あわてて親の新助が横からわめきたてました。
「とんでもないお言いがかりをおっしゃっちゃ困ります。たったひとりの婿取り娘、色仕掛けのなんのと人聞きのわるいことをおっしゃっちゃ困ります。バカなッ。ドスがどうの、梅五郎がどうのと、娘にかぎってそんなだいそれたことをする女じゃござんせぬ!」
「たしかにないというか!」
「ござんせんとも! てまえら親子に、何一つやましいことはござりませぬ。両替仕込みの安いあいきょうがどうだのこうだのとおっしゃいましたが、娘のあいきょうを安く売るといったんじゃござんせぬ。商売はあいきょうが第一、店の繁盛はあいきょうが元手、幸い娘があいきょう者ゆえ店も繁盛すると申しただけでござります」
「控えろッ。では、おまえにきこう。娘のあいきょうが元手になって繁盛いたしますといったその店を張るについての、そもそもの元手はどこからひねり出したんだ。あの鈴新ののれんを出した元手の金はどこから降ってわいたんだ」
「それはその、元手はその……」
「その元手はどこの小判だ。まさかに、一文なしじゃあれだけの店は張れめえ。しかも、不思議なことには、ご主家筋の鈴文はあのとおり落ちぶれて、千百三十両という大穴があいているというんだ。変な穴じゃねえか。なあおい、新助おやじ!」
「…………」
「なにを急に黙りだしたんだ。おいらが不審をうったのはその小判、千百三十両という大穴だ。小判はものをいわねえかもしらねえが、おいらの目玉はものをいうぜ」
「…………」
「どうだよ。おやじ! 聞きゃ鈴文店で子飼いからの番頭だという話だ。その番頭がひと月まえに暇をとって新店をあける。あけたあとで千百三十両の大穴がわかった。わかったその大穴は、わたしが相場にしくじってあけたんでござんす、いいやおまえじゃねえ、おれが使い込みの大穴だと、世にも珍しい罪争いが起きているというじゃねえかよ。争っているのは、ふたりとも男ざかりの手代だ。ひとりは三十四、ひとりは二十八、その若いほうの手代の左ぎっちょの梅五郎のところへ、おまえの娘がこっそりドスを届けたんだ。匕首《あいくち》をな。届けたら、けさになって豊太が刺し殺されていたんだ。どれもこれも、おかしなことばかりじゃねえかよ。争って罪を着たがったも不審、娘がドスを届けたも不審、しかも娘は婿取りだというんだ。男のほしい娘だとな。――どうだい、おやじ。これだけ筋を立ててたたみかけりゃ、もうよかろう。白状しな! 白状を!」
「…………」
「いわねえのかッ。じれってえな! おたげえに年の瀬が迫って気が短くなっているんだ。いわなきぁ、ぎっちょの梅五郎と突き合わせてやろうよ。めんどうだ。伝六! あの野郎をしょっぴいてきな!」
「いいえ、も、も、申します。恐れ入りました」
ついにどろを吐いたのです。
「お察しのとおり、千百三十両はこの新助が三年かかってちびりちびりとかすめてためた大穴でござります。いずれは店も出さねばならぬ、その用意にと長年かかってかすめたんでござりまするが、あそこへ店を出すといっしょに大穴がばれたんでございます。それを知って、罪を着ようといいだしたのが、あの豊太と梅五郎のふたりでござんした。ふたりともいまだにひとり身、娘は婿取り、罪を着る代わりにおれを婿におれを婿にといいだしたのが
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