んだよ。どれか一枚にドスを刺しこんで隠してあるにちげえねえ。一枚のこらず返してみな」
 あったのです。上からちょうど三枚め、畳の裏腹のわら心へ、ぐいと深くさしこんでたくみに隠してあったのです。
「そうだろう。どうだえ、みんな、そろそろこわくなりゃしねえかえ。こりゃほんの右門流の序の口よ。ドスが出てきたからにゃ、下手人もおまえら十八人のうちにいるにちげえねえんだ。拷問、火責め、お次はどんな手が出るかしらねえが、急がねえところがまた右門流の十八番でな。この牢格子の中へ入れておきゃ、下手人を飼っておくようなもんだ。起きたばかりで、おまえらも腹がすいているだろう。ゆるゆると煎《せん》じてやるから、まずめしでも食べな。――おうい。小者! 小者!」
 不思議でした。
 なにを思いついたか、ふいとうしろをふりかえると、気味のわるいほどにもおちついて、変なときに変なことを、ひょっくりと命じました。
「食わしてやんな。がつがつしているだろうからな。おつけがどうの、おしるがしみったれだのと、ろくでもねえことをぬかしやがったから、けさばかりはたっぷりつけてやんなよ。いいかい。どんどんお代わりしてやんな」
 眠りと食べ物こそは、なににもまさる極楽の囚人たちです。
「来た! 来た! おつけだぞ」
「めっぽう豪気なことになりやがったじゃねえか。湯気がたっているぜ」
「捜し出すなら捜してみねえ。下手人|詮議《せんぎ》よりも、こっちゃめしがだいじだ。おい! こっち! こっち! おれが先に手を出したじゃねえか! へへんだ。こんなぬくめしにありつけるなら、なんべんだって殺してやらあ!」
 さながらに餓鬼でした。
 目いろを変えて、十八人がずらずらと並びながら、先を争ってむしゃぶりつきました。
 しかし、名人の目がそれを遠くからながめて、じいっと光っていたのです。ひとり、ふたり、三人、四人、――右はしから拾っていったその目が、とつぜんぴたりと六人めのところで止まりました。
 人と変わった食べ方でした。
 ひどいぎっちょとみえて、左にはしを持ちながら、左でがつがつ食べているのです。
 せつな。
 つかつかと近づいたかと思うと、えり首をつまみあげた手も早かったが、啖呵《たんか》もまたみごとでした。
「たわけたちめがッ。これも名だけえむっつり流の奥の手だ。ようみろい! 餓鬼みてえなまねをするから、こういうことになるんだ。下手人はこのぎっちょと決まったよ。立てッ」
「な、な、なにをなさるんです! ぎっちょは親のせいなんだ。あっしが、あたしが下手人なんぞと、とんでもねえことですよ!」
「控えろッ。おいらをだれと思っているんだ。江戸にふたりとねえむっつり右門だよ。あの傷をよくみろい。うしろから抱きすくめて刺した傷じゃねえ。あのとおり逆刃《さかば》の跡が上にはねているからにゃ、まさしく正面から突いた傷だ。そこだよ、そこだよ。正面から刺した傷なら、ぎっちょでねえかぎり、相手の左を突くのがあたりめえじゃねえか。しかるにもかかわらず、あの傷は右をやられているんだ、右の胸をな。さては下手人左ききか、いいや、ぎっちょにちげえあるめえと、このおいらがにらんだになんの不思議があるかよ。十八人いるうちで、なにをあわてたか左でめしを食ったなおめえひとりなんだ。まぬけめがッ。むっつり右門がむだめしを食わせるけえ。そのぎっちょを見つけたくて食わしたんだ。食い意地に負けて、右手ではしを持たなかったのが運のつきさ――。下手人があがりゃ、ほかにはもう用はねえ。あにい! あにい!」
「へえ……?」
「へ、じゃないよ。なにをぱちくりやってるんだ。これから先は伝六さまの十八番だ。このなまっちろい野郎をしょっぴいていって、ひとり牢へぶち込みな」
「ね……!」
「なにを感心していやがるんだ。毎度のことだ、いちいちと驚かなくともいいんだよ。人ひとり殺すからには、なにかいわくがあるにちげえあるめえ。やつらの素姓をちょっと洗わしてもらいましょう。源内どの、ご案内くださらぬか」
 連れだってやっていったところは、牢同心詰め所の奥座敷です。
 ご牢屋日誌、送り込み帳、ご吟味記録。
 ずらりと並べて積みあげてあるお帳簿箱へ近づくと、三番牢ご吟味記録とある分厚な一冊を取りあげました。
「源内どの、殺された男はなんといいましたかな」
「豊太《とよた》という名でござる」
「あの下手人は?」
「梅五郎という名じゃ」
「入牢《じゅろう》は何日と何日でござる」
「両名とも十二月五日じゃ」
「ほほう。いっしょの日でござるか」
 その十二月五日のところをあけてみると、いぶかしい文字が見えるのです。
「お吟味一回。十二月五日。南町ご番所。
 豊太、三十四歳。日本橋|茅場町《かやばちょう》両替屋鈴文手代。丁稚《でっち》より住み込み。
 梅五郎、二
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