十八歳。同鈴文手代。同じく丁稚より住み込み。
罪状、主家金子壱千百三十両使いこみ。ただし、両名の申し立てに不審のかどあり。お吟味中入牢」
そういう不思議なお記録でした。
同じ両替屋の手代であるというのも意外なら、主家金子壱千百三十両使い込み、ただし、両名の申し立てに不審のかどあり、お吟味中入牢とある一条は、見のがしがたき文字です。
がぜん、名人の目がさえ渡りました。
「あれなる両名のお係りはどなたじゃ」
「敬四郎どのでござる」
「ははあ……そうか。とんだめぐり合わせじゃのう、伝六よ」
「へえ……?」
「よろこべ、よろこべ、あばだんなのしりぬぐいを仰せつかったぞ。これをようみい」
「……? エへへ……なるほどね。道理で、近ごろろくろく顔を見せずにしょげていましたっけ。あきれたもんだね。不審のかどありとは、よくもしらをきったもんだ。大将の手がけたあなで、不審のかどのねえものはねえんですよ。さあ、忙しい! ちきしょうめ。さあ、忙しくなりましたね」
「あわてるな。まだしりからげなんぞしなくともいいよ。気になるのは、この不審のかどとあるその不審じゃが、源内どの、様子お知りか」
「知っている段ではござらぬ。このとおり、千百三十両使い込んだに不思議はござらぬが、その使い方がちと妙でな。鈴文は当代でちょうど三代、なに不自由なく両替屋を営んでおったところ、この盆あたりから日増しにのれんが傾きかけてまいったと申すのじゃ。だんだんと探っていったところ、その穴が――」
「あの両名の使い込みか!」
「さようでござる。ところが、ここに不審というのは、ふたりともおれが使った、おまえではない、このわしが使い込んだのじゃ、梅五郎の申し立ては偽りでございます、いいえ、豊太の申し立てはうそでござりますと、互いに罪を奪い合うのじゃ。それも申し立てがちと奇妙でござってのう、長年、ごめんどううけた主家が左前になったゆえ、ほっておいてはこの年の瀬も越せぬ、世間にぼろを出さず、鈴文の信用にも傷をつけず、傾きかけたのれんを建て直すには、一攫《いっかく》千金、相場よりほかに道はあるまいと、五十両張り、百両張り、二百両、三百両と主人に隠れて張ったのが張る一方からおもわく違いで、かさみにかさんだ使い込みが知らぬまに千百三十両という大金になったと申すのじゃ。いわば主家再興の忠義だてにあけたあなではあるし、知らぬ存ぜぬというなら格別、おれじゃ、わしじゃ、おまえではない、うぬではないと言い争って罪を着たがるゆえ、拷問好きの敬四郎どのも痛しかゆしのていたらくで、ことごとく手を焼き、日を見ておりを見てと、入牢させておいたのがこのような朋輩《ほうばい》殺しになったのじゃ。何から何まで不審ずくめでござるからのう。どうなることやら、困ったことでござる」
いかさま、不審ずくめです。
いかに主家への忠義だての罪であったにしても、互いに罪を奪い合うのがそもそもの不審でした。
ましてや、その一人が他を殺すにいたっては、捨ておかるべきではない。不審のもとは、これは両替屋鈴文にあるのです。
「あにい! 茅場町だッ」
「駕籠《かご》ですかい!」
「決まってらあ!」
「ありがてえ! これでもちがつけらあ。さあこい! 野郎! あば敬の大将、そこらからひょこひょこと出るなよ。めんどうだからな。――へえ、御用駕籠です! はずんで二丁だ。かんべんしておくんなせえ。いいこころもちだね。飛ばせ! 飛ばせ」
ひとかど、ふたかど、四かどと曲がらぬうちに、もうその茅場町でした。
3
なるほどある。
古いのれんに、すず文と染めぬいて、間口も三間あまり、なかなかの大屋台です。
しかし、表の飾り天水おけはあってもたががはじけ、のれんには穴があいて、左前が軒下にのぞいているような構えでした。
「うそじゃねえや。屋根がほんとうに傾いていやがる。――おるか。許せよ」
「いらっしゃいまし……あいすみませぬが、ご両替ならこの次にお願いしとうござります…」
「この次を待ってりゃ土台骨がなくなろうと思って、大急ぎにやって来たんだ。おまえが主人か」
「さようでございますが、だんなさまはどちらの」
「どちらの男でもいい。しょぼしょぼしていてよく見えねえや。もっとこちらへ顔をみせろ」
いぶかるようにあげた顔は、もう六十あまり。――目にはやにが浮き、ほおは青やせにやせこけて深いしわがみぞのように走り、三度三度のいただきものも事欠いているのではないかと思われるような、しょぼしょぼとした老人でした。
そばに丁稚《でっち》がひとり。
これも食べないための疲れからか、まだ起きたばかりの朝だというのに、こくりこくりと舟をこいでいるのです。
「店のものはこれっきりか」
「ほかにおることはおったんですが――」
「牢へへえったんだろ
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