ながら、同じ魅入るような目で笑いかけると、何が恥ずかしいのか、ぱっとほおに朱紅を散らした娘の肩をなでさするようにして、すうとまた、いま出てきた内陣の奥へ消えました。
「ふふん。とんだお富士教だ。おいらの目玉の光っているのを知らねえかい。おまえにゃ目の毒だが、しかたがねえや。ついてきな」
 とっさになにごとか看破したとみえて、むっくり身を起こすと、ちゅうちょなくそのあとを追いました。
 内陣の裏には、奇怪なことにも、小べやがあるのです。
 杉戸が細めにあいて、ちかりとあかりが漏れているのです。
 しかも、小べやのうちにはなまめいた几帳《きちょう》があって、その陰からちらりと容易ならぬ品がのぞいているのです。
 夜着とまくらなのでした。
「たわけッ。神妙にしろッ」
 がらりとあけると同時です。
 すさまじい啖呵《たんか》の突き鉄砲をやにわに一発くらわせました。
「むっつりの右門はこういうお顔をしていらっしゃるんだ。ようみろい!」
 えッ、というように緋《ひ》のはかまがふり向きながら、あわてて夜着を几帳の陰に押しかくそうとしたのを、
「おそいや! たわけッ、ぴかりとおいらの目が光りゃ、地獄の一丁目がちけえんだ。じたばたするない!」
 血いろもなくうち震えている娘をはねのけるようにしてまずうしろへ押しやっておくと、ぬっと歩み寄ってあびせました。
「化けの皮はいでやろう! こうとにらみゃ万に一つ眼の狂ったことのねえおいらなんだ。うぬ、男だな!」
「何を無礼なことおっしゃるんです! かりそめにも寺社奉行《じしゃぶぎょう》さまからお許しのお富士教、わたしはその教主でござります。神域に押し入って、あらぬ狼藉《ろうぜき》いたされますると、ご神罰が下りまするぞ!」
「笑わしゃがらあ。とんでもねえお富士山を拝みやがって、ご神罰がきいてあきれらあ。四の五のいうなら、一枚化けの皮をはいでやろう! こいつあなんだ!」
 ぱっと身を泳がせると、胸を押えました。
 乳ぶさはない。
 あるはずもないのです。
 身をよじってさからおうとしたのを、
「じたばたするねえ。もう一枚はいでやらあ。こいつアなんだ」
 草香流片手締めで締めあげながら、ぱっと斎服をはぎとりました。三蓋松《さんがいまつ》のあの紋が下着に見えるのです。
「幔幕《まんまく》も三蓋松、これも三蓋松、大御番組のあき屋敷に脱ぎ捨てた着物の紋どころも同じこの三蓋松だ。小石川伝通院裏吉田|法眼《ほうげん》様のご後室へ、たしかに三蓋松の紋つきちりめんをひとそろいお届けいたしましたと、呉服後藤の店の者がいってるんだ。あのあぶらぎったご後室もご利益うけている信者に相違あるめえ。ちりめんのあのひとそろいも、お賽銭《さいせん》代わりにうぬへ寄進した品にちげえねえんだ。北鳥越の一件もうぬの小細工、首尾の松の一件も同じうぬの小細工、これだけずぼしをさせば、もう文句はあるめえ。どうだ、すっぱり吐きなよ」
「…………」
「吐かねえのかい! むっつり右門にゃ知恵箱、啖呵《たんか》の小ひき出し、女に化ける手だけはねえが、たたみ文句の用意はいくらでもあるんだ。これだけの狂言をうつからにゃ、うぬもただのねずみじゃあるめえ。男らしく恐れ入ったらどんなもんだ」
 せつなでした。
「しょうがねえや。いかにもどろを吐きましょうぜ」
 にたりと笑ったかと思うと、果然男だったのです。目は険を帯び、まゆに、顔に、あやしい殺気がわいたかと見るまに、がらりとすべての調子が変わりました。
「江戸の女をもう二、三百人たぶらかそうと思ったが、何もかも洗ってこられちゃしかたがあるめえ。いかにも首尾の松へ五人の船頭をしめ殺してつりさげたのはこのおれだ。自身番からあの夜ふけ盗み出したのもこのおれの細工だ。しかし、ただじゃ年貢《ねんぐ》を納めねえんだ。ひょっくり右門。これでもくらえッ」
 さっと立ち上がると、懐中奥深く忍ばしていたドスを抜き払って、名人の脾腹《ひばら》目がけながら突き刺しました。と見えたのは一瞬です。
「見そこなうなッ。草香の締め手を知らねえのかい!」
 声といっしょにぎゅっとドスもろともそのきき腕をねじあげたかとみるまに、ぐっとひと突き、こぶしの当て身がわき腹を襲いました。
「おとなしく寝ろい。慈悲を忘れたことのねえむっつり右門だが、今夜ばかりゃ気がたってるんだ。伝六、早くこいつを始末しな」
「いいえ、そ、そ、それどころじゃねえんだ。ほらほら、あいつも逃げた、こっちも逃げやがった。女も、船頭も、太鼓野郎も、みんなばらばらと逃げだしたんですよ。手を! 手を! ひとりじゃ追いきれねえんだ。はええところてつだっておくんなせえよ」
「そんなものほっときゃいいんだよ。根を枯らしゃ、小枝なんぞひとりでに枯れらあ。息を吹きかえさねえうちに、この赤い芋虫を舟まで背負ってきな」
 どさりと投げ出すようにこかし込んだのを待ちうけて、舟は二丁艫をそろえながらギイギイとこぎだしました。
「女も女だね。こんな野郎にだまされたとなりゃ、くやしくならあ。――生き返るにゃまだはええや! ついでに、おれがもう一本十手の当て身をくらわしてやらあ。もう少し長くなってろい!」
 伝六も今夜ばかりは気がたっているとみえるのです。
「つら見るのも、ふてえ野郎だ。それにしても、なんだって野郎め、船頭を五匹も絞めやがったんですかね。盗んで掛け直したところがわからねえんですよ」
「決まってるじゃねえか。金と女を両|天秤《てんびん》にかけて、こんなあくどい狂言をうったんだ。手先に使っておったあの五人の川船頭が、漏らしてならねえ秘密を漏らしそうになったんで、荒療治をやったのよ。掛け直したのは、残った船頭たちへの見せしめさ。もっと理詰めで考えるけいこをしろい」
「なるほどね、大きにそれにちげえねえや。久方ぶりに、だんなも荒療治をおやんなさいましたな」
「あたりめえだ」
 吐き出すようにつぶやくと、毒手にかかった女たちをあわれむように、黙々と目をとじました。



底本:「右門捕物帖(四)」春陽文庫、春陽堂書店
   1982(昭和57)年9月15日新装第1刷発行
入力:tatsuki
校正:kazuishi
2000年3月13日公開
2005年9月24日修正
青空文庫作成ファイル:
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