しかし、そのかわりに目を射たものがある。いちばん奥のへやの床の間の上に、お高祖頭巾と女の衣装がひとそろい、人を小バカにしたように置いてあるのです。
「ちくしょうめ、さてはあの女へび、ひと皮ぬいで逃げやがったね。それならそうとぬかして逃げりゃ、腰の骨まで痛くしやしねえのに、いまいましいね」
「今ごろごまめの歯ぎしりやったっておそいや。ぶつぶついう暇があったら、戸でもあけろい」
まずなにはともかくと、伝六に雨戸をあけさせて明るい縁側へ衣装を持ち出しながら、子細に見しらべました。
お高祖頭巾はもとより、着物も羽織もどっしりと、目方の重いちりめんでした。それに、帯が一本。これもすばらしく品の凝った糸錦《いとにしき》です。
頭巾《ずきん》の色は古代紫。着物は黒地に乱菊模様の小紋ちりめん。羽織も同じ黒の無地、紋は三蓋松《さんがいまつ》でした。
武家の妻女ならば、まず二百石どころから上の高禄《こうろく》をはんだものにちがいない。いずれにしても、品の上等、着付けの凝ったところをみると、相当|由緒《ゆいしょ》ある身分の者です。
「しゃれたものを着ていやがらあ。伝六さまの顔でいきゃ、どこの質屋だっ
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