すかよ」
「そろいもそろってまぬけの穴があいているから、おかしいんだ。百年あき屋の前で立ちん棒したって、雌ねこ一匹出てきやしねえよ」
「バカいいなさんな。男と女とふたりで、たしかに話をやったんだ。この耳でちゃんとその話し声を聞いたんですよ。この目で男は出てきたところをたしかに見たが、逃げこんだお高祖頭巾の女は、半匹だって出てきたところを見ねえんだからね。溶けてなくなったら格別、でなきゃたしかにいるんですよ」
「しようのねえやつだな。八人芸だってある世の中じゃねえか。ひとりで男と女のつくり声ぐれえ、だれだってできらあ。年のころは二十七、八、いい男が出てきたといったそいつが逃げこんだ女なんだ。大手ふりながら目の前を逃げられて、なにをぼんやりしていたんだい。論より証拠、中はから屋敷にちげえねえから、あけてみなよ」
案の定、戸をあけると同時に、ぷうんと鼻を刺したのは、屋のうちいちめんに漂うかびのにおいです。長らく大御番組小役にあきでもあって、ここに組住まいをしたものがないのか、たたみ、建具、荒れるにまかせたがらんどうのあき屋でした。
へやは七つ。
女の姿はおろか、人影一つあるはずはない。
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