儀でお差し立ての分が毎年三|艘《そう》。
 特志で見回っているのが同様三艘――。
 幡随院《ばんずいいん》一家が出しているのが一艘に、但馬屋《たじまや》身内で差し立てているのが一艘。同じく江戸にひびいた口入れ稼業《かぎょう》の加賀芳《かがよし》一家で見まわらしているのが一艘と、特志の土左舟はつごうその三艘でした。墨田といえば名にしおう水の里です。水から水へつづく秋のその向島に、葦間《あしま》を出たりはいったり、仏にたむけた香華《こうげ》のけむりを艫《とも》のあたりにそこはかとなくなびかせながら、わびしいその土左舟が右へ左へ行き来するさまは、江戸の秋のみに見る悲しい風景の一つでした。
 そのほかにもう一つ、秋がふけるとともに繁盛するものがある。質屋です。衣がえ、移り変わり、季節の変わりめ、年季奉公の変わりめ、中間下男下女小女の出入りどきであるから、小前かせぎの者にはなくてかなわぬ質屋が繁盛したとて、なんの不思議もない。
 しかし、不思議はないからといって、伝六がこの質屋に用があるとすると、事が穏やかでないのです。
「いいえ、なにもね。あっしゃべつにその貧乏しているってえわけじゃねえんだ。
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