物見高げに人の目が倉の奥へそそがれているからには、伝六のいるところもその奥にちがいなく、事の起きているのもまた同じその倉の奥に相違ないのです。
 名人は足早にずかずかと広場を奥へ急ぎました。一ノ倉から始まって、二ノ倉、三ノ倉、九ノ倉と、長い棟《むね》が九棟ある。
 しかし、どの棟もどの倉も錠がおりて、人影は夢おろか、なんの異状もないのでした。
 いぶかりながら裏へ回ってみると、中秋九日の夕月がちょうど上って、隅田《すみだ》の川は足もとにきらめく月光をあびながら、その川の上へぬっと枝葉を突き出している大川名代の首尾の松までがくっきりとひと目でした。ひょいと見ると、その首尾の松の根もとにうずくまって、必死に背を丸めながら、必死に頭をかくしながら、わなわなと震えている男の影が見えるのです。
「伝六か!」
「え……? き、き、来ましたか! ありがてえ。だ、だ、だんなですか!」
「バカだな。何を震えておるんだ。しっかりしろい!」
「こ、これがしっかりできたら、伝六は柳生《やぎう》但馬守《たじまのかみ》にでも岩見重太郎にでもなんにでもなれるんですよ。あれをあれを、あそこの、あ、あ、あれをよくごらんなさいまし……」
 歯の根も合わぬように震えながら、ひたかくしに顔をかくして指さした方角をちらりと見ると、さすがの名人右門もおもわずぎょっとあわつぶだちました。
 つっているのです。
 人が、人間が、ぬうと川づらに突き出した首尾の松の長い枝の高いところに、青白いぶきみな月の光に照らされて、ぶらりと下がっているのです。
 それもひとりではない。二つ、三つ、四つ、五つ、男ばかりじつに五人もが、さながら首くくりの見せ物かなぞのように、ずらずらと一つ枝に長い足をそろえながらたれさがっているのでした。
「いったい、これはどうしたんだ」
「どうしたかこうしたか、あっしにきいたって知らねえですよ。あっしがつっているわけじゃねえんだからね。三両くだすったから大いばりで、このとおり一張羅《いっちょうら》を受け出して、遅れちゃならねえと駕籠《かご》をおごって来たんです。ところが、景気をつけて飛ばせているうちに、駕籠屋のやつめ、足にはずみがついて止まらなくなったものか、ちゃんと承知しながら柳橋を通りすぎてしまやがってね。ここまで来たら首っつりが五人あるといって、わいわい騒いでいやがるんだ。来てみるとこれなんですよ。さあたいへんとばかり、だんなへあのとおり一筆したためてお迎いを出したはいいが、あんまりいばった口をきくもんじゃねえんです。何がおもしれえんだ、しろうとが見たとて生きかえるわけじゃねえ、どけどけ、番人はおれひとりでたくさんだとばかり、やじうまを追っ払って番をしてみたら、ちっとばかり了見が違ったんだ。なんしろ、五人もくくっていやがるんだからね。知らぬうちに手足がこまかく動きだしやがって、目はくらむ、肝は冷える、そのうちにしいんと気が遠くなっちまったんですよ」
「だれが、いつごろ見つけたんだい」
「ほんのいましがた、この下を通った船頭が見つけてね、それから騒ぎだしたというんだから、つったのも明るいうちじゃねえ、きっと日が暮れてからですよ」
「自身番の者には、もう手配したか」
「そんな度胸があるもんですかよ。なんしろ、仲間は死人なんだ。だんなの来ようがおそいんで、あっしゃ恨みましたよ」
「ことし、いくつになるんだ。しようがねえっちゃありゃしねえ。早くいって呼んできな」
「行くはいいが、あっしが行きゃだんなひとりになるんだ。あとはだいじょうぶですかい」
「おまえたアちがわあ!」
 駆けだそうとしたとき、騒ぎを聞きつけたとみえて、自身番の町役人たちが、ちょうちん、龕燈《がんどう》、とりどりにふりかざしながら、どやどやとはせつけました。
「参ったか! 右門じゃ。だれかはようあかりを貸せい」
 龕燈をうけとると、高くかざして枝先を照らしながら、じっとまずその位置を見しらべました。
 ところが、不思議です。くくっている枝は、幹からくねりと下回りに曲がって、川の上に二間近くも突き出た場所でした。首つりの名人ならいざしらず、普通の者ではとうていはい上っていかれるような枝でない。不思議に思って、幹から根もとを念のためにしらべると、やはり上っていったらしい足跡も形跡もないのです。
「ちっと変なにおいがしてきやがったな。あかりをもう二つ三つ寄せてみろ」
 集めて照らしたその灯《ひ》が死体へ届くと同時でした。
「よッ。目をあいているな!」
 はぜあがったようなおどろきの声が、名人の口から放たれました。五人ともに、死人はかっと目を見開いて、気味わるく虚空をにらんでいるのです。ばかりか、歯もむいているのです。舌も出しているのです。――他殺の証拠でした。自分でくくったものなら、十人が十人まで目
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