を閉じ、口も閉じて、もっと安らかな形相をしているのが普通でした。それが自殺と他殺との有力な鑑別法でした。だのに、目も歯もむいているとすると、何者かが絞め殺してからここへつるして、みずからくくったごとく見せかけたものに相違ないのです。
「ね……! こういうことになるんだから、人まねもして質屋へも行くもんですよ。あっしが一張羅を殺して道を迷ったからこそ、こういう大あなにもぶつかったんだ。三両じゃ安いですぜ」
「なにをつまらねえ自慢しているんだ。早く取り降ろすくふうしろ」
「だって、このとおり上っちゃいけねえし、手は届かねえんだからね。くふうのしようがねえんですよ」
「舟から枝へはしごでも掛けりゃ降ろせるじゃねえか。倉の荷揚げ場へ行きゃ、舟もはしごも掃くほどあるはずだ。とっととしろい」
 自身番の小者たちもてつだって、たちまち取り降ろしの用意がととのいました。

     2

 松の根もとに並べたのを見しらべると、五人ともに死人はたくましい男ばかりです。
 不思議なことには、その五人が申し合わせたように、三十まえの若者ばかりでした。こざっぱりとした身なりはしているが、裕福なものたちではない。
 懐中は無一物。手がかりとなるべき品も皆無。しかし、無一物皆無であったにしても、どういう素姓の者かまずそれに眼《がん》をつけるのが第一です。
 しゃがんで龕燈《がんどう》をさしつけながら、しきりとあちらこちらを調べていたが、はからずもそのとき名人の目をひいたものは、死人の手のひらでした。
 五人ともに人並みすぐれてがんじょうな手をしているばかりか、その両手の指の腹から手のひらにかけて、いち面に肉豆《たこ》が当たっているのです。
「船頭だな!」
「へ……? 船頭というと、船のあの船頭ですかい」
「決まってらあ。駕籠屋に船頭があるかい。いちいち口を出して、うるさいやつだ。この手を見ろい。まさしくこいつあ艫肉豆《ろだこ》だ。船頭の証拠だよ。これだけ眼《がん》がつきゃ騒ぐこたアねえ。自身番の連中、おまえらはどこだ」
「北鳥越でござります」
「四、五町あるな。遠いところをきのどくだが、見たとおり、ただの首くくりじゃねえ。今夜のうちにも騒ぎを聞いて、この者たちの身寄りが引き取りに来るかもしれねえからな。来たらよく所をきいて渡すように、小屋に死体を運んで番をせい。人手にかかったと思や、よけいふびんだ。ねんごろに預かって守ってやれよ……」
 言い捨てて、さっさと歩きだしたかと見る間に、たちまちその場から名人十八番の右門流が始まりました。蔵前を左へ天王町から瓦町《かわらまち》へ出て、そこの町かどのお料理仕出し魚辰《うおたつ》、とあかり看板の出ていた一軒へずかずかはいっていくと、やにわにいったものです。
「何かうまそうなもので折り詰めができるか」
「できますが、何人まえさんで?」
「五人まえじゃ」
「五人まえ……!」
 不意を打たれて、伝六、ぽかんとなりました。だいいち、仕出し屋へ来て折り詰め弁当をあつらえたことからしてがふにおちないのです。そのうえ五人まえとは、だれが食べるつもりなのか考えようがない。今のさき取りかたづけさせたあの五人の亡者《もうじゃ》にでも食べさせるつもりであるなら、さかな屋で生臭入りの弁当もおかしいのです。
「冗、冗、冗談じゃねえや。あっしゃもう……あっしゃもう……」
 鳴りたくも鳴れないほどどぎもをぬかれて、さすがの伝六も目を丸めたきりでした。
 しかし、名人はとんちゃくがない。
「ああ、できたか。ご苦労ご苦労。ほら代をやるぞ」
 小粒銀をころころと投げ出して、両手にぶらさげると、やっていったところがまた不思議です。柳橋から両国橋を渡って、大川沿いに土手を左へ曲がりながら、そこの回向院《えこういん》裏の横堀《よこぼり》の奥へどんどんと急ぎました。
 突き当たりに小さな小屋がある。
 軒は傾き、壁はくずれて、さながらに隠亡《おんぼう》小屋のような気味のわるい小屋でした。もちろん、ただの小屋ではない。じつに、この横堀こそは、秋の隅田《すみだ》に名物のあの土左衛門舟が艫《とも》をとめる舫《もや》い堀なのです。川から拾いあげた死体はみんなここまで運び、引き取り人のある者はこの小屋で引き渡し、身寄りも縁者もない無縁仏は、裏の回向院へ葬るのがならわしでした。
 だからこそ、中は火の気一つ、あかり一つないうえに、気のせいばかりでなく死人のにおいがプーンと鼻を打ちました。
 その暗い小屋の中へどんどんはいっていくと、名人はすましていったものです。
「なにはともかく、腹をこしらえるのがだいいちだ。遠慮せずと、おまえもおあがりよ」
「冗、冗、冗談じゃねえですよ。気味のわるい。弁当どころか、あっしゃ気味がわるくて、も、も、ものもいえねえんですよ」
「そうかい。
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