でも、おいしいぜ。ほほう、いま食ったのはどうやら卵焼きらしいや、暗がりでよくはわからねえが、なかなかしゃれた味につくってあるよ。どうだい。おまえ食べないかい」
「いらねえですよ」
「そうかい。遠慮すると腹がへるぜ。おいらが一人まえ、おまえは晩めしもいただいていないから、四人まえはいるだろうと思って親切につくってきてやったんだが、調子がわるいと朝までここにこうしていなきゃならねえかもしれんからな。あとでぴいぴい音をあげたって知らねえぜ」
すましてぱくぱくやっていた名人が、とつぜんそのときさっと腰を浮かしました。
ギーギーと、艫《ろ》の音が近づいてくるのです。この横堀へはいってくるからには、まさしく土左舟でした。
「来たな! 間が悪けりゃ朝までと思ったが、このぶんじゃとんとん拍子に道が開けるかもしれねえや。さっそく一発おどしてやろうぜ……」
立ちあがったかと思うまもなく、姿はもう外でした――。じつに、ここへ名人のやって来たのは、その土左舟の詮議《せんぎ》に来たのです。あの五人の死体が他殺であるのは、すでににらんだとおりでした。殺して運んで、あの枝につるして、みずからくくったかのごとく見せかけたにちがいないことも、またすでににらんだとおりでした。だが、あのとおり、つりさがっていた場所は、幹から運んでいくのはもとよりのこと、尋常ではのぼってもいかれないような枝の先なのです。むろん、それから察すると、十中十まで舟で運んで、舟からあの枝へなにか細工をしたことは疑いのない事実でした。しかし、運んだものは死体です。なによりも縁起をかつぐ荷足り舟や伝馬船《てんません》が、縁起でもない死体をのせたり運んだりするはずはないのです。十中十まで土左舟であろうとにらんだればこそ、夜あかしを覚悟のうえでわざわざ詮議に来たのでした。
「なるほど、そうでしたかい。えへへ……さあ、ことだ。べらぼうめ。急に腹が減ってきやアがった。さあ、忙しくなったぞ」
ようやくに伝六も知恵が回ったとみえて、弁当をわしづかみにしながら飛んできたのを、名人はにこりともするもんではない。そしらぬ顔にふり向きもせずずかずかと土左舟に近づくと、穏やかに呼びかけました。
「毎晩毎晩奇特なことじゃな。お役舟か。それとも、特志の舟か。どっちじゃ」
「但馬屋《たじまや》身内の特志舟でござんす」
「そうか、ご苦労なことだな。揚げてきたは、やっぱり心中か」
「いいえ。野郎仏をひとり、橋下でいま拾ったんでね。急いで帰ってきたんですよ」
「ほほう、男をな。ききたいことがある、隠してはならんぞ。日の暮れあたりに、おまえら土左舟のうちで、死体を五つ運んだものがあるはずだが、どの舟だ」
「ああ、なるほど、そのことでござんすか。首尾の松の一件じゃござんせんかい」
「知っておるか!」
「あそこに妙な首つりが五人あったと聞いたんでね、はて変だなと思って、今も舟の上できょうでえと話し話し来たんですがね。日暮れがた、ちょっとおかしなことがあったんですよ。今夜からお上のお役舟は川下のほうをお回りなさることになったんでね。じゃ、あっしども特志の舟は手分けして川上を回ろうというんで、幡随院舟はずっと上の綾瀬川《あやせがわ》、加賀芳舟は東橋、わっちども但馬屋舟はこのあたりにしようとここで相談しておったら、変な男が、三、四人やって来てね、今そこで五人ひとかたまりの土左衛門を見つけた、功徳だからおれたちであげてやる、どれか一艘舟を貸せんかといったんで、加賀芳身内がなんの気なしに貸したんですよ。ところが、どこで拾ってどこへ始末したのか、仏ならこの小屋へ運んできそうなものなのに、まもなくから舟をまた返しに来たんでね。妙なことをしやがると思っていたら、首尾の松に五人、ぶらりとさがっていると聞いたんです。お尋ねはそれじゃござんせんかい」
「まさしくそれだ! どんな人相をしていたか覚えないか!」
「そいつがあいにく、怪しいやつらたア気がつかなんだものだからね、なに一つ見覚えがねえんですよ」
「風体はどうだ!」
「それもうっかりしていて気がつかなかったんですよ」
「せめて年ごろにでも覚えはないか」
「それさえさっぱり覚えがねえんです。なんしろ、月はまだあがらず、薄暗いところへもってきて、向こうははじめっからそのつもりだったか、顔を隠していやがったんでね。気のついたこたアなんにもねえですよ」
名人の手は、知らぬまにあごをなではじめました。ぞうさなく開けかけたかと思った道は、突如として深い霧の中へ隠れてしまったのです。にらんだとおり、土左舟を借りに来たその者たちが、あの五人を運んだにちがいない。おそらく、はしごでもいっしょに積んでいって、あの枝にかけたことは疑いない。
しかし、わかったことはただそれだけなのです。どこから死体を運んできた
前へ
次へ
全14ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング