まるで唖《おし》屋敷へでも来たようじゃねえか。どのへやだ。松長はここか!」
がらりとあけて、ひょいと見ると、松長がまったく案外でした。
年はもう九十くらい、くりくり頭に剃髪《ていはつ》して、十徳を着て、まだ少し季節が早いのに、大きな火ばちへ火をかんかんとおこしながら、いかにも寒そうにちぢかんで両手をかざしているのです。
「おまえが松長だろうな」
「…………?」
「返事をしろ! おまえは松長じゃねえのか?」
「…………?」
きょとんとしながら、気の抜けた顔をしてまじまじと見あげたきり、返事はないのでした。
「とぼけたまねをしても目が光ってるぞ、耳はねえのか!」
「いいえ、だんな、いくらしかってもだめですよ」
そのとき、隣のへやから若い者のひとりが飛んでくると、うそうそと笑いかけました。
「親分を相手に晩までどなったって、らちはあきませんよ」
「なんだ。おまえら口がきけるじゃねえか。なぜ、さっき黙ってたんだ」
「このうちじゃ、ものをいっても通じねえ人がひとりあるんでね。ついみんな手まねで話をする癖がついちまったんです。親分少々――」
「耳が遠いか」
「遠い段じゃねえ、このとおり耳の
前へ
次へ
全44ページ中28ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング