賢いですよ」
「…………」
「え! だんな! 返事をしなさいよ、返事を! これこれかくかくで、今度だけはあやまった。ついおまえのまねをして、おしゃべりしたのがわるかった、以後気をつけるからかんべんしろ、とすなおにおっしゃりゃ、あっしだってがみがみいやしねえんだからね。ぼんやりしていねえで、なんとかおいいなさいよ」
 しかし、声はない。
 名人の頭は冷たくさえて、この怪奇な事件のことでいっぱいなのです。
 父親にも疑いがある。
 ことに、七百両という女房の大金を持ち出して、ゆうべひと晩どこかをうろうろしていたということが、大きな嫌疑《けんぎ》の種でした。
 子どもたちにも疑いがある。
 まま子だったということが、だいいちよくないのです。そのうえにつめ跡がまたそろいもそろってあのとおり子どものものであってみれば、ますます嫌疑《けんぎ》が濃くなるばかりでした。
 あのときの目もよくない。ゆうべちゃんはどこへ行ったときいたとき、けわしくねめつけた父親のまなざしも疑惑を強める種なのです。
 世間にありがちな例のごとく、まま子いじめに耐えかねて子どもたちふたりが絞め殺したのを、知りつつ父親がおおい
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