七百金という小判を、あの女がなぜに埋めさせようとしたか、そこに不審がある。疑惑がある。どういう金であるか。なぜにそれほどだいじな小判であるか、なぜに埋めて隠して人目を恐れねばならぬか。そこに疑惑がある。不審があるのです。
目がきらりと光ると、鋭い声が飛びました。
「あの女房について、何か知っていることはないか!」
「そうですね。やかましやの、きかん気の、亭主をしりに敷いている女だということは町内でも評判だからだれも知っておりますが、ほかのことといったら、まず――」
「何かあるか!」
「昔、吉原《よしわら》で女郎をしておったとかいうことだけは知っておりますよ」
「なに! 女郎上がり! どうしていっしょになったか知らぬか。あのおやじが身請けでもしたか!」
「さあ、どうでござんすかね。両国の河岸《かし》っぷちに見せ物小屋のなわ張り株を持っている松長ってえいう顔役がありますが、その親分が世話をしたとか、口をきいていっしょにしたとかいう話ですから、いってごらんなさいまし」
「おまえ、そのうちを知っているかい」
「おりますとも、よく知っておりますよ」
「よしッ。話し賃にかせがしてやる。早いところ二丁仕立てろ」
「こいつアありがてえ。おい、おい、きょうでえ! お客さんを拾ったよ。早くしたくをやんな」
乗るのを待って、いっさん走りでした。
4
「伝六よ」
「へ」
「捕物ア、こうしてなぞの穴をせばめていくもんだ。もう五十年もすりゃ、おまえも一人まえに働かなくちゃならねえから、よくこつを覚えておきなよ」
「ああいうことをいってらあ。五十年だきゃ余分ですよ。珍しくだんな、上きげんだね」
「そうさ。おいら、腹が減ったんでね、早くおまんまが食べたいんだよ」
「じきにそれだ。何かといやすぐに食いけを出すんだからな。秋口だって恋風が吹かねえともかぎらねえ。たまにゃ女の子の気のほうもお出しなせえよ。――よっと! 駕籠が止まったな。わけえの、もう来たのかい」
「へえ。参りました。ここが松長の親分のうちでござんす。外で待つんでござんすかい」
「そうだとも! うちのだんなが駕籠に乗りだしたとなりゃ、一両や五両じゃきかねえ。夜通し昼通し三日五日と乗りつづけることがあるんだからな、大いばりで待っていな」
伝六こそもう一人まえになったつもりで大いばりなのです。
つかつかと松長の住まいへはいろうとしたのを、
「あわてるな!」
小声で鋭く名人がしかりました。
「少し甘口なことをいってやると、じきにおまえはうれしくなるからいけないよ。相手はあまり筋のいい顔役じゃねえ。見せ物小屋のなわ張り株を持っているとすりゃ、切った張ったの凶状ぐれえ持っているかもしれねえから、もっと相手を見て踏ん込みなよ。ふらふらはいって逃げでもされたらどうするんだ。こっちへ来な」
そこの庭口のくぐりからはいって、こっそりと内庭へ回りました。
とっつきにごろった[#「ごろった」に傍点]べやがあって、若い者のごろごろとした影が見える。
ポーン、ポーンとつぼを伏せる音がきこえるのです。
ひらりと上がって不意にそのへやへ押し入ると、静かに浴びせました。
「朝っぱらからいたずらしているな。松長はどこにいるんだ」
「…………?」
「パチクリしなくともいいんだよ。おまえらの親分はどこにいるんだ。うちか、るすか」
答えないで、若い者たちは、あっち、あっちというようにあごをしゃくりました。
「どこだよ。奥か!」
そうです、そうですというように、やはり答えないで、またあごをしゃくりました。
「変なやつらだな、まるで唖《おし》屋敷へでも来たようじゃねえか。どのへやだ。松長はここか!」
がらりとあけて、ひょいと見ると、松長がまったく案外でした。
年はもう九十くらい、くりくり頭に剃髪《ていはつ》して、十徳を着て、まだ少し季節が早いのに、大きな火ばちへ火をかんかんとおこしながら、いかにも寒そうにちぢかんで両手をかざしているのです。
「おまえが松長だろうな」
「…………?」
「返事をしろ! おまえは松長じゃねえのか?」
「…………?」
きょとんとしながら、気の抜けた顔をしてまじまじと見あげたきり、返事はないのでした。
「とぼけたまねをしても目が光ってるぞ、耳はねえのか!」
「いいえ、だんな、いくらしかってもだめですよ」
そのとき、隣のへやから若い者のひとりが飛んでくると、うそうそと笑いかけました。
「親分を相手に晩までどなったって、らちはあきませんよ」
「なんだ。おまえら口がきけるじゃねえか。なぜ、さっき黙ってたんだ」
「このうちじゃ、ものをいっても通じねえ人がひとりあるんでね。ついみんな手まねで話をする癖がついちまったんです。親分少々――」
「耳が遠いか」
「遠い段じゃねえ、このとおり耳の
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