「何しに、どこへいった?」
「そればっかりは……」
「白状できぬというか。疑いが濃くなるばかりだのにのう。子どもたち、おまえら知っておるだろう。ちゃんはどこへいった?」
「あの、あの……」
言いかけたのを、横から父親がけわしくねめつけました。
何か深い秘密があるらしいまなざしなのです。
「みろ! おやじめ、七百両に目がくらんで、なんぞ細工したに相違ないわい。この敬四郎に授かったてがらじゃ、指一本触れてもらいとうない。直九! じゃまされぬうちに、この死骸も早く取りかたづけろ」
「いや、おてがらはけっこうじゃが、まだ少々お早いようじゃ。待てッ、直九!」
得意顔に命じて敬四郎が手下の者たちに始末させようとしたのを、にこやかに微笑して制すると、名人がやんわりと右門流をほのめかしはじめました。
「おりおりは、目ものう、すす払いをするものじゃ。では、いま一つ承るが、敬どの、これなる女の死因をお見破りかな」
「死因? 死因なぞ、死因なぞは、このおやじを締めたらわかるわい。いらぬじゃまだてせずと、どかっしゃい!」
「アハハ。弱りましたな。それゆえ、ときおりは目のすす払いしたらどうかと申すのじゃ。まさしくこれは絞め殺したものでござるぞ。しかし、下手人は子どもじゃ」
「なに、子ども! 子どもが、子どもがこんな大女を絞め殺せるものか、バカな」
「さよう、ひとりならばむずかしいかもしれぬが、下手人はふたりでござる。論より証拠、この二カ所のつめ跡をよく見られよ」
莞爾《かんじ》と笑って、名人は首筋と乳ぶさの上との二カ所を指さしました。
なるほど、二カ所ともに、はっきりとつめの跡が見えるのです。ぐいと両手で力まかせにひとりが首を絞めたらしく、首筋にふたところ、ひとりが急所の乳ぶさを押えつけていたらしく、むっちりとした左右のそのふくらみの上に、ぶきみな五本のつめ跡がはっきりと見えました。
しかも、小さい。いずれもそのつめ跡は、ひと目に子どもの指と思われるほど小さいのです。
「そうか! 子どもか! さては――」
当然のごとく疑いのかかったのは、ふたりのきょうだいでした。まっさおになって震えていたふたりをにらめつけると、敬四郎の声と手がいっしょに飛びかかりました。
「うぬらだ。うぬらだ。うぬらがまま子根性でやったにちがいない! 直九! なわ打てッ」
「バカな! まだ早い! 手荒なことをされるな! 待たれよッ」
「じゃまするなッ。敬四郎が手がけたあなじゃ! どかっしゃい! つじ番所のやつら! 早くこの死骸をかたづけろ」
名人の制止も聞かばこそ、敬四郎はわめき叫ぶふたりの子どもになわを打たせて、父親ともども、群衆のどよめきを押し分けながら、揚々としてひったてました。
3
「ちッ、なんて人がいいんだろうな。せっかく眼《がん》をつけて、ホシを見つけてやって、へえどうぞと、のしをつけてくれてやるバカがありますかよ。当節はとびだっても、こうぞうさなく油揚げをさらえねえんだ。人がよすぎてむかむかすらあ」
悲憤やるかたなかったとみえて、伝六の空もようは大荒れです。
「やい! 何がおもしれえんだ。ぽかんと口をあけて見てたって、一文にもなりゃしねえぞ、かせげ、かせげ、うちへ早く帰ってかせぎなよ。やじうまじゃ乗り手もありゃしねえや、べらぼうめ。――ね、ちょいと、これからいったいどうするんですかい。長年苦労をしただんなとあっしの仲なんだからね、いやみなこたアいいたくねえが、いまさら指をくわえていたって始まらねえんだからね、お人よしの直るお灸《きゅう》でもすえに行ったほうが賢いですよ」
「…………」
「え! だんな! 返事をしなさいよ、返事を! これこれかくかくで、今度だけはあやまった。ついおまえのまねをして、おしゃべりしたのがわるかった、以後気をつけるからかんべんしろ、とすなおにおっしゃりゃ、あっしだってがみがみいやしねえんだからね。ぼんやりしていねえで、なんとかおいいなさいよ」
しかし、声はない。
名人の頭は冷たくさえて、この怪奇な事件のことでいっぱいなのです。
父親にも疑いがある。
ことに、七百両という女房の大金を持ち出して、ゆうべひと晩どこかをうろうろしていたということが、大きな嫌疑《けんぎ》の種でした。
子どもたちにも疑いがある。
まま子だったということが、だいいちよくないのです。そのうえにつめ跡がまたそろいもそろってあのとおり子どものものであってみれば、ますます嫌疑《けんぎ》が濃くなるばかりでした。
あのときの目もよくない。ゆうべちゃんはどこへ行ったときいたとき、けわしくねめつけた父親のまなざしも疑惑を強める種なのです。
世間にありがちな例のごとく、まま子いじめに耐えかねて子どもたちふたりが絞め殺したのを、知りつつ父親がおおい
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