されるな! 待たれよッ」
「じゃまするなッ。敬四郎が手がけたあなじゃ! どかっしゃい! つじ番所のやつら! 早くこの死骸をかたづけろ」
 名人の制止も聞かばこそ、敬四郎はわめき叫ぶふたりの子どもになわを打たせて、父親ともども、群衆のどよめきを押し分けながら、揚々としてひったてました。

     3

「ちッ、なんて人がいいんだろうな。せっかく眼《がん》をつけて、ホシを見つけてやって、へえどうぞと、のしをつけてくれてやるバカがありますかよ。当節はとびだっても、こうぞうさなく油揚げをさらえねえんだ。人がよすぎてむかむかすらあ」
 悲憤やるかたなかったとみえて、伝六の空もようは大荒れです。
「やい! 何がおもしれえんだ。ぽかんと口をあけて見てたって、一文にもなりゃしねえぞ、かせげ、かせげ、うちへ早く帰ってかせぎなよ。やじうまじゃ乗り手もありゃしねえや、べらぼうめ。――ね、ちょいと、これからいったいどうするんですかい。長年苦労をしただんなとあっしの仲なんだからね、いやみなこたアいいたくねえが、いまさら指をくわえていたって始まらねえんだからね、お人よしの直るお灸《きゅう》でもすえに行ったほうが賢いですよ」
「…………」
「え! だんな! 返事をしなさいよ、返事を! これこれかくかくで、今度だけはあやまった。ついおまえのまねをして、おしゃべりしたのがわるかった、以後気をつけるからかんべんしろ、とすなおにおっしゃりゃ、あっしだってがみがみいやしねえんだからね。ぼんやりしていねえで、なんとかおいいなさいよ」
 しかし、声はない。
 名人の頭は冷たくさえて、この怪奇な事件のことでいっぱいなのです。
 父親にも疑いがある。
 ことに、七百両という女房の大金を持ち出して、ゆうべひと晩どこかをうろうろしていたということが、大きな嫌疑《けんぎ》の種でした。
 子どもたちにも疑いがある。
 まま子だったということが、だいいちよくないのです。そのうえにつめ跡がまたそろいもそろってあのとおり子どものものであってみれば、ますます嫌疑《けんぎ》が濃くなるばかりでした。
 あのときの目もよくない。ゆうべちゃんはどこへ行ったときいたとき、けわしくねめつけた父親のまなざしも疑惑を強める種なのです。
 世間にありがちな例のごとく、まま子いじめに耐えかねて子どもたちふたりが絞め殺したのを、知りつつ父親がおおい
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