中を、雨がっぱにくるまった寺男の姿が、ぬれつばめのように土手の向こうへ消えました。

     2

 待つ身には、四半刻《しはんとき》が二刻にも三刻にも思えるような長さでした。
 とっぶり暮れてしまえば、向島もこのあたりになると、まったくもう灯《ひ》の影もない。
 雨はやんだが、そのかわり、夕だちあとの夜風が出たとみえて、ざわざわと岸べの蘆《あし》が気味わるく鳴きながら、まだ暮れたばかりの宵《よい》だというのに、まるで深夜のようなさみしさなのです。
「だいじょうぶだいじょうぶ、今さらくよくよ心配したとてどうなるもんでもない。気を大きく持っていなくちゃいけないよ」
「…………」
「なんだね。泣いてばかりおって、しようがないじゃないか。もう少しのしんぼうだから、しっかりしておいでよ」
 しんしんとただひたすらに泣きつづけているお冬をしきりといたわり慰めているところへ、けたたましく表先で呼びたてたのは、まさしく伝六でした。
「どこだ、どこだ。入り口ゃどこだよ。この家にゃ目も鼻もねえじゃねえか。ちょうちんをつけな! ちょうちんをな! 観音さまへ行きゃ大きなやつがぶらさがっているから、なければ
前へ 次へ
全48ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング