、ここでは法泉寺一軒きりでございますからね。寺男でも頼んでまいりましょう。それでようございましょうね」
「けっこうだとも! 早くしておくれ!」
 ばあやをせきたてて、幸吉はその場に筆をとりながら、何かこまごまと書きしたためました。よくよくぶきみなできごとででもあるとみえて、新嫁のお冬はひと間に隠れたきり、顔もみせないのです。
 やがてまもなく、ばあやに伴われてきたのは、朴訥《ぼくとつ》らしい寺男でした。見るなり、幸吉のことばは火のつくようでした。
「早く! 早く! 早くしておくれ! 大急ぎだよ! 川を越したら駕籠《かご》をを飛ばしてね、このあて名のところへすぐ行っておくれ」
「わかりました。八丁堀ですね」
「ああ、八丁堀だよ。右門のだんなさまといやあ、すぐわかるはずだからね。ほら、お使い賃をあげます。人に知られると、女房が、いや、女ひとり死ぬようなことになるかもしれんからね。右門のだんなさまにも、なるべくこっそりこの書面をお渡ししておくれ――」
 秘密秘密と、ひたかくしに隠しているところをみると、よくよく穏やかならぬできごとに相違ないのです。ザアッ、ザアッと、いまだにふりしきる夕だちの
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