く伊三郎がのぞき込みながら、一心不乱に針を運ばせているのです。振り返りもせず、見向こうともせず、さながらちくちくと女の膚へ針を刺すことが、たえかねる快楽ででもあるかのように、うっすらと気味のわるい薄笑いすらも浮かべながら、せっせと彫りつづけているのでした。
「ね……ちくしょうめ、胸がどきどき変な音をあげだしやがった。なんだか憎らしくてたまらねえね」
「黙ってろ」
目顔でしかりながら、じっと針の先の動くのを見ていると、図がらは男の生首、しゅうっと血糸を引いて、その血糸の吹き出しているしたたりにせっせと朱をさしているのです。
同じ色だ。身ぶるいの出るようなその朱の色こそは、けさてんぐぶろで見たあの色と、ゆうべお冬の二の腕で見たあの色と、寸分たがわぬ朱色でした。
「おやじ」
「…………」
「伊三郎!」
「え……? ご見物ですか。若いおかたが、こういうところを見ちゃいけませんね。二、三日眠れませんぜ」
おどろくかと思いのほかに、じろりと見返したきりで、針の手を休めようともしないのです。変わり種の名人はだがそうさせるのか、千人彫りの秘願といったその念願がそうさせるのか、まるで伊三郎は魂を奪
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