近づいてよくよくみると、二つとも女の持ちものなのです。
 一つはなまめかしい紅扇子。
 いま一つは、これまたなまめかしい白|綸子《りんず》づくりの懐紙入れでした。
「水死人があるかもしれぬぞ」
「のう……!」
「いずれも懐中にさしている品ばかりじゃ。このようなところへ捨てる道理がない。入水《じゅすい》いたした者の懐中から抜けて浮きあがったものに相違ないぞ。土手に足跡でもないか」
 足跡はなかったが、この二つの品を見て、ただちに水死人と断じたのはさすがです。
「だれか一騎、すぐに屯所《とんしょ》へ飛べッ」
「心得た。手はずは?」
「厳秘第一、こっそりお組頭《くみがしら》に耳打ちしてな、足軽詰め所へ参らば水くぐりの達人がおるに相違ない。密々に旨を含めて、五、六人同道せい」
 パカパカとひづめの音を鳴らして、事変突発注進の一騎が、霧のかなたに消え去りました。
 同時に、一騎は半蔵御門へ。一騎は反対の竹橋御門へ。
 すべてがじつに機敏です。ご門詰めの番士に事の変を告げて、出入り差しとめ、秘密警戒の応急てはずを講ずるために、たちまち左右へ駆けだしました。
 見張りに残ったのは三宅平七ただひとり。
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