らべていたが、おどろいたように叫びました。
「まさしく、中山|数馬《かずま》じゃ!」
「存じ寄りのおかたでござりまするか!」
「話したことも、つきあったこともないが、てまえの叔父《おじ》が富士見ご宝蔵の番頭《ばんがしら》をいたしておるゆえ、ちょくちょく出入りいたしてこの顔には見覚えがある。たしかにこれはご宝蔵お二ノ倉の槍《やり》刀剣お手入れ役承っておる中山数馬という男じゃ」
身分身もとはわかったのです。残るは扇子と懐紙入れふた品の穿鑿《せんさく》でした。もとより、この持ち主が女たるに疑いはない。しかし、このふた品の持ち主が、ただちに下手人であるかどうかは、即断のできないことでした。所有主そのものが下手人だったら、いうまでもなく、死体を沈めるとき、あやまって懐中から落としたものに相違ないが、他に意外な犯行者があって、罪をこのふた品の所有主に負わせるために、わざわざ死体もろとも、濠へ投げ入れたものとも考えられるのです。
もし、下手人そのものが知らずに落としたとするなら、外から来たか、内から来たか、この死体を沈めに来た女の身分素姓、居どころに眼《がん》をつけるが事の急でした。
問題はそ
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