らした網にひっかかって、目のいろ変えながらこんなところへ逃げだすはずはねえんだ。べっぴんならべっぴんらしく、きれいにどろを吐きなせえよ」
「…………」
「笑わしやがらあ、おいらを相手にどうあっても強情を張るというなら、手近な責め道具をほじくり出してやりましょうよ」
あちらこちら見捜していたその目が、はしなくもその床わきの地袋の、二枚引き戸の合わさりめから、ちらりとはみ出している金水引きの端を見つけました。同時です。がらりあけて中を見ると、島台に飾られた紅白ふたいろの結納綿が名人の目を射ぬきました。いや、飾り綿ばかりではない。
「寿《ことぶき》、中山数馬」
はっきりと、あの毒死をとげたご宝蔵おん刀番の名が見えるのです。
「こりゃなんだッ、この名はなんだ」
「あッ! 知りませぬ。知りませぬ。なんといわれても……なんといわれましても……」
ぎょッとなりながら必死に抗弁していたその口が問うに落ちず語るに落ちて、おもわずも口走ったのは笑止でした。
「いかほど、どれほど責められましても、わたくし、中山様に毒など盛った覚えござりませぬ」
「それみろッ。とうとういっちまったじゃねえか。それが白状だ。身に覚えのねえものが、中山数馬の毒死を知っているはずはねえ。だれからそれを聞いたんだ」
「えッ……」
「ウフフ、青くなったな。りこうなようでも、女は女よ。可賀にさえも毒死の一件はあかさなかったんだ。話しもせず、しゃべらせもしなかった毒のことを、おまえさんばかりが知っておるはずはねえよ。手間をとらせりゃ、こっちの気もたってくる。気がたてば、情けのさばきもにぶる。どうだ、むっつり右門とたちうちゃできねえぜ。もうすっぱりと吐いたらどんなものだよ」
「…………」
面を伏せてすすり泣きつつ、やがてしゃくりあげつつ、ややしばし泣き入っていたが、ついに岩路の強情が理づめの吟味に折れました。
「申、申しわけござりませぬ……いかにもわたくし、下手人でござります。なれども、これには悲しい子細あってのこと、父行徳助宗は、ご存じのように末席ながら上さま御用|鍛冶《かじ》を勤めまするもの、事の起こりは富士見ご宝蔵お二ノ倉のお宝物、八束穂《やつかほ》と申しまするお槍《やり》にどうしたことやら曇りが吹きまして、数ならぬ父に焼き直せとのご下命のありましたがもと、そのお使者に立たれましたのが中山数馬さまでござりました。さそくに沐浴《もくよく》斎戒いたしまして、焼き直したところ、未熟者ではござりましたが、父も槍師《やりし》、さすがはお名代のお宝物だけありまして、穂先、六尺柄の飾り巻きともどもいかにもおみごとな業物《わざもの》ぶりに、なんと申しましょうか、魅入られたといいまするか、心奪われたと申しまするか、ゆゆしきご宝物と知りつつ、父が手ばなしかねたのでござります。なれども、いかように執心したとて、ものがもの、日限参らばお倉へ納めねばならぬお品でござりますゆえ、とつおいつ思案したうえに、とうとう父が恐ろしい悪心起こしました。穂先、飾り柄ともににせもの打ち仕立て、そしらぬ顔で納めましたるところ、かりにもご宝蔵を預かるお番士の目に、真贋《しんがん》のわからぬ道理ござりませぬ。わけても中山さまは若手のお目きき、ひと目ににせものとお見破りなさりましたが、人の世のまわり合わせはまことに奇《く》しきものでござります。その中山さまが、ふつつかなわたくしふぜいにとうから思いをお運びでござりましたゆえ、女夫《めおと》の約束すれば一生口をつぐまぬものでもないと、父をおどし、わたくしをお責めなさりましたのが、運のつき、父の悪業ひたかくしに隠そうと、心染まぬながらとうとうこの飾り綿まで受け取らねばならぬようなはめになったのでござります。なれども、恋ばかりは……真実かけた恋ばかりは……」
「ほかにまえから契った男でもござったか!」
「あい。名はいいませぬ! たとい死ぬとも、あのかたさまのお名はいいませぬ! 同じお城仕えのさるかたさまときびしいご法度《はっと》の目をかすめ、契り誓ってまいりましたものを、いまさら中山さまのごときに身をまかするは、死ぬよりもつろうござりましたゆえ、いっそ、もう事のついでに――」
「よろしい。わかった。毒くらえばさらまでと、数馬に一服盛ったというのであろうが、しかしちと不審は女手一つで中山数馬の死体をあの濠《ほり》ぎわまで運んだことじゃ。名をいえぬその男にでも力を借りたか!」
「いいえ、結納つかわしたならば、式はまだあげずとも、もうわがもの同然じゃ、意に従えと口くどうお責めなさりますゆえ、では、あの牛ガ淵の土手のうえでお待ちくださりませ、心を決めてご返事いたしますると、巧みにさそい出し、お菓子に仕込んだ毒をそしらぬ顔で食べさせたのでござります。あとはおしらべがおつきでござります
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