はず、ただ一つ死体を沈めるおりに、あやまって懐中のふた品を濠に落としたのが、悪運の尽きでござりました……」
「あたりめえよ。悪運が尽きねえでどうするかい。その八束穂《やつかほ》のご宝物はどこへやった」
「いえませぬ! そればかりはいえませぬ!」
「なに! また強情張りだしたな。では、親の助宗はどこへうせた! 姿が見えぬようじゃが、いずれへ逃げた?」
「そ、それもいえませぬ! 父はあのお槍に魅入られておりまする。思えばその心根がいっそふびん、せ、せめてもこのわたくしが、ふびんなその父への孝道に、最、最後の孝道までに、いいませぬ! 口がさけても申しませぬ……ご、ごめんくださりませ!」
 いったかと思うや、ひそかに用意していたとみえて、懐中から一服を取り出すと、あっというまもあらず、みずから毒を仰ぎました。
「やい! な、な、何をしやがるんだ。たいせつな玉に死なれちゃ、あとのほねがおれらあ。吐けッ、吐けッ」
 うろたえて伝六がまごまごとしながらしかりつけたが、もうおそい。
「死ねば罪のおわびもかない、父への孝道もたちますはず。たって父の居どころ、お槍のありかを知りたくば、ともども、あの世へおいでなさりませ……」
 凄婉《せいえん》な笑《え》みを見せると、岩路はほどたたぬまに黒血を吐きながら、父助宗の行くえと八束穂槍《やつかほやり》の行くえを永遠のなぞに葬りつつんで、ぐったり前へうっ伏しました。
 しかし、右門の目が二つある。
「しようがねえや。ぴかりと二度ばかり光らしてやろうよ」
 おどろきもせずに、へやからへやを調べてみると、弟子《でし》がいたらしい大べや、小女がいたらしい小べやとも、事露見と知って岩路が城中から駆けもどり、いちはやく暇をとらせて立ち去らせたものか、急いで荷物をまとめ、急いで出ていった形跡があるのです。
 助宗もまた同様、いちはやく姿を消したにちがいない。その居間とおぼしき一室にはいってみると、まず目に映ったのは大きな仏壇でした。
 しかし、位牌《いはい》がない! いくつかあったと思われる跡が残っているのに、仏壇にはつきものの位牌がもぬけのからとなって一つもないのです。
 そのかわりに、無言のなぞを秘めながら、弘法《こうぼう》大師のご尊像が正面にうやうやしく掛けられてあるのでした。見ながめるや同時です。
「ウフフ。どうだよ、伝あにい。まずざっとこんなものだ。むっつり右門の目が光ったとなると、事は早いよ。野郎め、お槍をひっかついで高野《こうや》へとっ走ったぜ」
「はてね、高野とね。お大師さまが何かないしょでおっしゃりましたかい」
「いったとも! いったとも! あの女、なかなかしゃれ者だよ。行き先を聞きたけりゃあの世へ来いとぬかしたが、お大師さまがこのとおりちゃんとあの世からおっしゃっていらあね。このご尊像があるからには、宗旨は高野山だ。おまえなぞ知るめえが、高野はこの世のあの世、ひと足お山の寺領へ逃げ込めば、この世の罪は消滅、追っ手、捕《と》り手、入山禁制のお山だ。この世を逃げても、せめてご先祖だけはいっしょにと、位牌を背負ってとっ走ったにちげえねえよ。山へ入れたら指をくわえなくちゃならねえ! まだとっ走って一刻《いっとき》とはたつめえから、早だッ。宿継《しゅくつ》ぎ早の替え駕籠二丁仕立てろッ。ここからすぐに追っかけるんだ」
「ちくしょうッ。たまらねえね。とっ走りを追っかけて、遠っ走りとはこれいかにだ。お大師さま、たのんますぜ! さあ来い、野郎だッ」
 うなりをたてながら飛び出していったかと思うまに、伝六得意の一つ芸、たちまちそろえたのは替え肩六人つきの早駕籠二丁です。
「できましたよ! ひと足おくれりゃ、野郎め、ひと足お山へ近くなりゃがるんだ。急いだッ、急いだッ」
「あわてるな」
 制しておいてふところ紙を取り出すと、どこまでも行き届いているのです。
「町役人衆に一筆す。
 八丁堀右門検死済み。死体はねんごろに葬ってとらすべし。
 ただちにお城内、お濠方畑野|蔵人《くらんど》、三宅平七御両名へ、右門、二、三日中によき生きみやげ持参つかまつると伝言すべし」
 さらさらと書きしたためて、岩路の背にのせておくと、ひらりと駕籠へ。
「早だッ 早だッ。じゃまだよ! のいた! のいた!」
 かけ声もろとも、ひた、ひた、ひたとまっしぐらに品川めざして駆けだしました。

     4

 その品川を駆けぬけたのが朝の五ツ。
 次は川崎、これが二里半。ここで宿継《しゅくつ》ぎの駕籠を替えて、次の宿、神奈川へ同じく二里半、お昼少しまえでした。
 一里九町走って程《ほど》ガ谷《や》の宿。二里九町走って戸塚《とつか》。さらに二里飛ばして藤沢《ふじさわ》。よつや、平塚《ひらつか》と走りつけてこの間が二里半。大磯《おおいそ》、小田原と宿継ぎに
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