奥女中がた残らずへ吹聴いたしましたら、みな、みなもう――」
「どんな様子でござった」
「色も青ざめて震えあがり、なんでござりましょうと、おどろくかと思いのほかに、女というものはなんともいやはや奇態な生き物でござります。ふふんと横を向いて相手にいたしませぬのでな、愚老もとんと張り合いぬけいたしまして、おしゃべり損かと思うておりますると、ここにいぶかしきはただひとり――」
「来ましたか! うろたえて、そなたに、なんぞ聞き尋ねに参った者がござったか!」
「ござりました、ござりました。名は岩路、御台《みだい》さま付きの腰元が、なにやらうろたえ顔にこっそりと参りましてな、いやはや、根ほり葉ほりききますことききますこと。右門とやらは何を詮議《せんぎ》にお越しじゃ、どのようなことをそなたにおいいじゃ、牛《うし》ガ淵《ふち》で何をお見つけじゃ、と、おしゃべりのてまえもほとほともて余すほどうるさくききましてござりやす。そのうえ、急にけさほど――」
「宿下がりいたしましたか!」
「さようでござりやす。気分がすぐれぬとか申して、てまえがこちらへ出かける半刻《はんとき》ほどまえに、親もとへ帰りましたげにござりやす」
「家はどこじゃ!」
「神田|鍛冶町《かじちょう》、御用お槍師《やりし》、行徳|助宗《すけむね》というが親でござりやす」
「よしッ。それだ! 伝六ッ」
莞爾《かんじ》と笑って身を起こすと、断ずるごとくいったものです。
「ホシはその女だ! 駕籠《かご》だよ! 駕籠だよ!」
「偉い! さすがだね」
止まっていた水が吹きあげでもしたように、伝六がまたにわかに活気づいて、珍しやずぼしをさしました。
「黙っていると、われながら勘がよくなるとみえらあ。偉いね、さすがにだんなですよ。密々に詮議をしなきゃならんものが、わざわざ吹聴《ふいちょう》させて何をするかと思っていたんですが、これこそほんとうに右門流だね。だんなが乗りこむと聞いたら、胸に覚えのある女がさぞかしあわてだすだろうというんで、ちょっとひと出し、知恵の袋を小出しにしたんですかい」
「決まってらあ。お鳥係りのお坊主を使って鳥網を張ったというなこのことよ。近ごろ珍しい、ほめてつかわす。お駄賃《だちん》に駕籠をおごってやるよ」
「かたじけねえ! 可賀の大将、こうなりゃおしゃべりっくらに負けはとらねえんだ。小道具に使ってしまえばもう用はねえからね、口もとの明るいうちにとっとと帰ってくんな!」
パンパンとはぜるようにまくしたてられて、ぼうぜんと目を丸めている可賀をあとに、伝六、名人二つの御用駕籠は、時を移さず神田鍛冶町へはせ向かいました。
表通りはなかなかの構えで、柳営御用|槍師《やりし》と、なるほど大きな看板が見える。
案内を請うてはいるような名人ではない。ホシとにらめば疾風迅雷、ずかずかとはいっていくと、
「あッ……」
姿を見ると同時に、かすかなおどろきの叫びをあげながら、奥座敷目がけて逃げはいろうとした女の影がちらりと目にはいりました。せつな――。
「しゃらくせえや。おれを知らねえかよ」
伝六、じつに生きがいいのです。押えているまに、名人はあちらこちらそれとなく見ながめたが、ほかにはひとりも家人の姿はない。親の行徳助宗がいないばかりか、かりにも将軍家御用槍師といえば、弟子《でし》の二、三人ぐらいはもとよりのこと、下働きの小女も当然いるべきはずなのに、どうしたことか、ひとりも見えないのです。
「この様子では、ちと手数がかかりそうだな。よしよし、伝六、相手はお女中だ。手荒にするんじゃねえよ」
制しておいて、奥の座敷の片すみに、必死と顔を伏せている女のところへ静かに近よりながら、まず穏やかにいったことでした。
「おまえさんが岩路《いわじ》というんだろうね」
「…………」
「ほほう。親が槍師だ。武物を扱う稼業《かぎょう》だけに、いくらか親の血をうけているとみえて、強情そうだね、そっちが一本槍で来るなら、こっちは七本槍で責めてやらあ。まずお顔を拝見するかね」
「…………」
「手向かったら、だいじなお顔にあざがつきますよ。おとなしくこっちへ向けりゃいいんだ。――ほら、こうやって、そうそう。ほほう、なかなかべっぴんさんだね。いい女ってえものには、とかく魔物が多いんだ。むだはいわねえ。なんだって中山数馬さんをあんなむごいめに会わしたんですかい」
「…………」
「思いのほか手ごわいね。女が強情張るぐれえたかがしれていらあ。むっつり右門の啖呵《たんか》と眼《がん》の恐ろしさを知らねえのか! べらぼうめ、責め道具は掃くほどあるんだ。名こそ書いてはねえが、この扇子もおまえさんの品のはずだ。この懐紙入れもおまえさんがたいせつにしていた持ち物のはずだ。いいや、もっと急所があらあ、やましくもねえものが、可賀に張
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