見ていたとても、りこうにゃならねえんだ。今、麻布の自身番から急訴があったんだがね。あそこの北条坂《ほうじょうざか》で、孫太郎虫の売り子の娘っ子が、首を絞められて殺されているというんですよ。早耳一番やりのおきてがあるからにゃ、この事件は早く聞きつけたあっしとだんなのものなんだからね。急いでおしたくしなせえよ」
口やかましく注進しているのを、早くも隣の吟味席で聞きつけながら、ぴかりと陰険そうに目を光らしたのはあばたの敬四郎でした。同時に立ち上がると、お白州中の歯入れ屋などはもう置き去りにしておいて、にこりと意地わるそうにほくそえみながら、こそこそ奥へ消えていったかとみえたが、あば敬はなすことすることことごとくがあばた流です。直接、奉行《ぶぎょう》に出馬のお許しを願ったとみえて、ゆうぜんと構えている名人右門をしり目にかけながら、手下の小者を引き具して、これ見よがしにもう駆けだしました。
「そら、ご覧なせえまし。だからいわねえこっちゃねえんだ。まごまごしているから、こういうことになるんですよ! あば敬の意地のわるいこたア天下一品なんだ。あいつが飛び出したとなりゃ、ことごとにじゃまをするに決ま
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