んですよ。ところが、その晩、忘れもしねえがひと月まえの夜ふけでござんす。友次郎さまが先ほどもいったように、ぶらりと首をつっておしまいなすったんでね。おどろいたのはおふくろと宗左衛門のふたり。たったひとりのご子息に死なれちゃ、お家は断絶、跡目がたたねえからね。わるい知恵の働く兄妹《きょうだい》とみえて、さっそくくふうしたのが――」
「闇男の細工か!」
「そうなんでござんす。せっかくできかかった金のつるを飛ばしたんでは、いかにも残念。七造、おまえも出世のできることだ、力を貸せといってね、それにはまず第一、友だんなさまの死んだことを世間に隠さなくちゃならねえからと、からくり細工の闇男をでっちあげて、いもしねえおかたがありもしねえ病気にかかったように触れ歩きながら、姿は見せぬがさもさもまだこの世にいるように見せかけておいて、いっしょうけんめいに替え玉になるような顔だちの似た男を捜し歩いたんですよ。その捜し手に頼まれたのが、殺された妹のおくになんでござんす。国は越後《えちご》だが、江戸へ来るたんびにちょくちょくあっしをたずねてお屋敷へも来たことがあるんでね、友だんなさまの顔だちはよく見知っておるし、なにをいうにも、稼業《かぎょう》が世間の広い孫太郎虫売りだ。あっちこっちと江戸のうちを売り売り捜しているうちには、ひとりくらいうり二つという町人衆が見つかるだろう。町人衆ならばわけを話して身代わりに抱き込んだら、一生旗本暮らしに出世のできることなんだから、二つ返事で承知するだろうとね、毎日毎日、妹が捜し歩いているうちに――」
「よし、もうわかった。その秘密をいっしょに売り歩いていたおなつがかぎつけたんで、むごいめに会わしたというのか!」
「そうなんでござんす。子どもだ、だいじょうぶでござんしょうといったが、宗左とおふくろがどうしてもきかねえんで、きのう夕がた、麻布へおびき出し、この手で絞めたのが天罰てきめん、おくにといっしょにお屋敷へ帰って、せめても景気をつけようと酒をあふっていたら、事のついでだ、影武者捜しはほかの者を使って捜してもおそくはない、小娘を殺さしてはみたが、人ひとりやってみれば世間が騒ぐだろうし、下郎の口がいつ割れるともかぎるまいから、ふたりもかたづけようとね、宗左たちめが相談しているところをちらりと聞いたんで、判じ文を妹にこっそり渡しておいて、ここから巡礼落ちをしよ
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