「あの男が!」
「そうですよ。泣いているんですよ」
「きのどくにな。運がわりいんだ。おめえでさえも判じのつく言問だんごを、今まで食わなかったのが運の分かれめなんだ。あの判じ絵のなぞが解けりゃ、こっちへ来たのにな。食いものだってバカにするもんじゃねえよ」
「そうですとも! ええ、そうですよ!」
「つまらねえところへ感心するない! 七造はどうした。それらしい姿もねえか」
「いりゃあ取り逃がす伝六じゃねえんだが、やつがそれじゃねえかと思やみんなそれに見え、そうじゃあるめえと思やみんなそうじゃねえように見えるんでね。まごまごしているうちに、舟がひとりでにここへ帰ってきちまったんですよ。へえ、舟がね」
いっているとき、ちらりと店先へのぞいた顔がある――。二十六、七、旅じたくの中間づくりで、のぞいてはしきりと首をかしげていたが、不思議そうにいう声がきこえました。
「おかしいな。いくら女は身じたくがなげえからって、もう来そうなもんだがな」
「あれだ! 七造だ! とって押えろッ」
とたんに命じた名人の声に、さっと伝六が飛び出したのを、早くも知って七造がまっしぐら。あとを伝六が追いかけて韋駄天《いだてん》走り。見ながめるや、名人がまたさらに早かった。
「手数をかけやがる野郎だなッ! ほら、行くぞッ」
十手取る手も早く窓から半身を泳がせて、とっさに投げた手裏剣代わりの銀棒が、ひらひらと舞いながら飛んでいったかと見るまに、がらりと足を取られて七造がのめりました。
「笑わしゃがらあ。神妙にしろい!」
押えつけて伝六が得々と引っ立ててきたのを、庭に降りて待ちうけていた名人が、やにわにずばりと浴びせかけました。
「七造、おくには浅草で殺《や》られたぞッ」
「えッ。――そ、そ、そりゃほんとうですかい!」
「一刀に袈裟《けさ》切りだ。切り手は、おまえの判じ文にこっちがあぶなくなったとあったその相手に相違ねえが、そいつはだれだ。おまえたちがこわがったその相手は、どこのだれだ」
「ちくしょうめ、とうとうばっさりやりやがったんですかい。おくにはあっしのだいじな妹でござんす。無慈悲なまねしやがったとありゃ、こっちもしゃくだ。一つ獄門に首をさらすように、何もかもしゃべっちまいましょうよ。孫太郎虫の小娘おなつを絞め殺したのはこのあっし、てつだわせたのは妹おくに、殺せと頼んだのは、だれでもねえ闇男屋敷の
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