たん》、右門の右門らしいおくゆかしさを見せながら、穏やかに持ちかけました。
「これなる仕着せの主がおくにとすれば、片そでがふびんなおなつの口なり手なりに残っておった以上、まず十中八、九までおくにが下手人とにらまねばなりませぬ。しかしながら、事は念を入れて洗うがだいじ、てまえ、貴殿よりひと足先にこちらに参るは参りましたが、功名てがら争う心は毛頭ござりませぬ。それゆえ、おくにめ、とうに逐電とは聞いても、足下がこちらへお出向きなさるまではと、なにひとつ洗いたてずにお待ち申しておりました。お番所勤めの役向きは諸事公明正大が肝心、くにの荷物もまだ手をつけずにござります。亭主が知っておることまでも何一つ聞き取ってはおりませぬ。ともども立ち会って吟味いたしとうござるが、ご異存ござりますまいな」
異存はあったにしても、こう持ちかけられては痛しかゆしです。返事のしようもないとみえて、不承不承に敬四郎、座についたのを見ながめると、名人の声はじつにあざやかでした。
「ご異存ござりませねば、てまえ代わって取り調べまする。亭主、神妙に申し立てろよ。上には慈悲があるぜ。くには何歳ぐらいの女じゃ」
「二、二十……」
「二十いくつじゃ」
「三のはずでござります」
「なつと連れだって麻布へ呼び商いに出かけたのはいつじゃ。けさ早くか」
「いいえ、きのう昼すぎからいっしょに出かけまして、ふたりともゆうべひと晩帰りませんなんだゆえ、どうしたことやら、みなしてうち案じておりましたところ、おくにどんだけがけさがた早くこの片そでをちぎられた仕着せ着のままで帰ってくると――」
「うろたえておったか」
「へえ、なにやらひどくあわてた様子で帰りまして、このとおり商売道具も何もかも投げ出したまま、急いで外出のしたくを始めましたゆえ、不審に思うておりましたら、尋ねもせぬに向こうからいうたのでござります。おなつがまい子になったゆえ、これからお願をかけに行くのじゃ、あとをよろしくと申しまして――」
「願かけにはどこへ行くというたか」
「浅草の観音さまへ、とたしかに申しましてござります」
「出かけたときの姿は?」
「日ごろからなかなかのおしゃれ者で、残った金はみな衣装髪のものなぞへ張りかけるほうでござりましたゆえ、けさほどもはでな黄八丈《きはちじょう》に、黒繻子《くろじゅす》の昼夜帯、銀足の玉かんざしを伊達《だて》にさして、
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