ののようにいったものです。
「お尋ねはこれでござりましょう。いまかいまかと、お越しになるのをお待ちしていたところでござります」
「なに! その横帳はなんだ」
「身内の売り子の人別帳でござります。麻布で害《あや》められたとか申しましたなつの身もとをお詮議《せんぎ》にお越しであろうと存じますゆえ、お目にかけたのでござります」
「気味のわるいことを申すやつじゃな、どうしてそれがあいわかるか!」
「えへへ。あっしがそれとにらみをつけたんじゃござんせぬ。つい先ほど右門のだんなさまがのっそりとおみえになりまして、この人別帳をおしらべなすった末に、あとからいまひとりこれに用のある同役が参るはずじゃ、親切に応対してあげい、とのことでござりましたゆえ、いまかいまかとお待ち申していたのでござります」
 せつなに、敬四郎のあばたがゆがんで、ふるえて、目に険しい色がみなぎり渡りました。
 来ていたのである! まんまと先手を打ったつもりでいたのに、どうしてそれと眼をつけたか、あざやかにも名人右門が、すでにもう先手を打って、ちゃんとここへ身もとを洗いに来ていたのである。
「見せいッ」
 奪い取るようにして手にしながら調べてみると、なつ、ちか、くに、はつ、うめ、なぞ十二、三人の名まえを連ねた孫太郎虫の売り子たちは、神田《かんだ》旅籠町《はたごちょう》の安宿八文字屋に泊まり込んでいることがわかりました。
「たわけめがッ。お茶なぞ出すに及ばんわい。気に入らんやつじゃ。気をつけろッ」
 わけもなくただふきげんにどなりつけて、ひた走りに神田へ駕籠を急がせました。

     2

「これはようこそ。雨中を遠くまでお出かけなさいまして、ご苦労でござりましたな」
 敬四郎の駆けつけた気勢をききつけて、さわやかに微笑しつつ、その八文字屋の奥から出てきたのは、だれでもないむっつりの右門です。あとから伝六がのこのことしゃきり出ると、これが浴びせたのに不思議はない。
「えっへへ。敬だんな、お早いおつきでごぜえましたな。麻布はたぬきの名どころだ。子だぬきにちゃらっぽこやられたんじゃござんすまいね」
「なにッ。早かろうとおそかろうと、いらぬお世話じゃ。どけッ、どけッ」
「きまりがわるいからって、そうがみがみいうもんじゃねえですよ。知恵箱のたくさんあるだんなと、知恵働きの鷹揚《おうよう》なだんなとは、こういうときになって
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