さんたちが買いきりの船なんだ。二文三文の安お客を乗せる渡しじゃねえんですよ」
「なんでえ、なんでえ。二文三文の安お客たア、どなたにいうんでえ。腰の十手がわからねえか! お上御用でお乗りあそばすんだ。向こうっ岸までとっとと出しなよ!」
飛び乗って、ギーギーと急がせながらこぎつけたところは、大川を横堀《よこぼり》へはいった興照寺のちょうどその裏手でした。ちらりと見ると、岸にのぞんだ大きな柳の陰に、だれを乗せてきたのか、だれを待っているのか、こざっぱりとした伝馬《てんま》が一艘やはりつながれてあって、六十がらみの日にやけた船頭が、ぷかりぷかりとのどかになた豆ギセルから紫の煙を吐いているのです。あがりぎわに何心なくひょいとその船の中をのぞいてみると、いともなまめかしい品がある。大がらのはでな座ぶとんが一枚、そばにはまたさらになまめかしい朱ぬりの箱まくらが置かれてあって、その上に朱羅宇《しゅらう》が一本、タバコ盆が一個。乗り手の主こそ見えないが、いずれもそれらはひと目にそれと、使用の客の容易ならぬあだ者であることをじゅうぶんに物語っている品々ばかりなのでした。――烱眼《けいがん》はやぶさのごと
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