き名人が見すごしするはずはないのです。
「ウフフ。献立がちゃんとできていらあ。こっそり裏手から船をつけて、尾のあるきつねが日参りするたア、これこそほんとうにお釈迦《しゃか》さまでもご存じあるめえよ。ぽうっとなるようなところ見せつけらても、鳴っちゃいけねえぜ」
 ぐるりと築地塀《ついじべい》を回って表山門からはいってみると、門には額がない。まさしく寺格は一真寺よりも下てあるはずなのに、だが、境内の様子、堂宇の取り敷きなぞは、不審なことにも本寺よりずっと裕福そうでした。――いぶかりながら、見とがめられぬように本堂の横から裏へ回って、方丈の間とおぼしきあたりの内庭先へこっそり忍び入ってうかがうと、果然目を射たのは、そこのくつ脱ぎ石の上に脱ぎ捨てられてある一足のなまめかしい女げたでした。しかも、穏やかならぬ気勢が聞こえるのです。甘えるような女の声に交じって、ほそぼそとさとすような若上人の声が障子の中から漏れ伝わりました。それっきりしいんと怪しく静かに、静まり返ったかと思うと、やがてまもなく加持|祈祷《きとう》でもはじめたものか、まことしやかなもみ数珠《じゅず》の音につづいて、もったいらしげな称
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